「だったら日常を変えればいい」
旬が言う。
希は少し考える。
「そんな簡単?」
「簡単じゃないけど」
旬は天井を見つめながら続ける。
「俺は、ここだけが特別とは思ってない」
希が静かに見る。
その横顔は、いつもより少し大人びている。
「今日も特別だけど」
「うん」
「東京で一緒にコーヒー飲む朝も、特別にする」
その言葉が、胸に落ちる。
派手じゃなくていい。
旅行じゃなくてもいい。
ただの朝でも。
「できるかな」
希が小さく問う。
「できる」
即答。
「なんでそんな自信あるの」
「希となら」
シンプルすぎる答え。
でも、それ以上いらない。
希は少し照れて視線を外す。
「仕事モードの私、可愛くないよ」
「知ってる」
「え」
旬は少し笑う。
「初めて会った時、見てた」
思い出す。
冷静で、的確で、
誰よりも空気を読んでいた希。
甘さなんて一つもなくて、
隙もなくて。
「かっこよかった」
希の喉が、少し詰まる。
「甘えてばっかりじゃないよ」
「甘えてもいい」
旬は続ける。
「でも仕事してる希も好き」
その一言で、
希の中の不安が、静かにほどける。
恋愛が生活を壊すんじゃない。
生活ごと、好きになってくれる。
「じゃあさ」
「うん」
「日常、ちゃんとやろう」
「やろう」
決意は、静かだ。
大げさじゃない。
「でも」
希が少し悪い顔をする。
「週末はちゃんと連れ出してね」
旬が笑う。
「命令?」
「うん」
「いいよ」
即答。
希は旬の胸に顔を埋める。
「なんかさ」
「うん」
「恋愛って、生活壊すものだと思ってた」
旬は何も言わず、聞く。
「でも違うね」
「どう違う」
「ちゃんと頑張ろうって思える」
その言葉に、旬はゆっくり頷く。
「それが本物」
外の光が、少しずつ強くなる。
夜は完全に終わり、
朝が始まる。
帰る時間が近づいている。
日常が、すぐそこまで来ている。
でも。
不安よりも。
決意のほうが、ほんの少しだけ強い。
二人は、静かに朝を迎える。
