Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

「戻れるよ」

旬がぽつりと言う。

「え?」

「日常に」

希の髪を撫でながら。

「こうやって戻って、また夜になって、また会う」

当たり前みたいに。

希は少し黙る。

それから、小さく笑う。

「それ、ちょっと安心する」

窓の外は、もうほとんど朝だ。

淡い光が部屋に差し込む。

非日常は、ゆっくり溶けていく。

でも。

腕の中の重みは、現実だ。

「恋愛手当は却下な」

旬が言う。

「えー」

「代わりに俺が出す」

「なにを?」

旬は少し考えるふりをして、

「抱きしめ放題制度」

希が笑う。

「なにそれ」

「有効期限なし」

朝の光の中で、二人は笑う。

日常は、もうすぐ始まる。

それでもきっと大丈夫だと、

なぜか思えた。

白みはじめた空が、カーテンの隙間からゆっくりと差し込む。

夜は、もう終わる。

「希も明日からやるんだよ」

旬が静かに言う。

現実の重みを、冗談みたいに軽く乗せて。

希は少しだけ黙ってから、唇を尖らせる。

「絶対言っちゃダメなこと言っていい?」

「なに?」

「ぜーんぶ捨てて、ずっと旬のそばにいたい」

子どもみたいな本音。

でも、嘘じゃない。

旬は一瞬だけ真面目な顔になる。

それから、ゆっくり言う。

「じゃあ俺も絶対言っちゃいけないこと言う」

希が顔を上げる。

「俺も全部やめて希といたい」

静かな声。

本気の温度。

希は目を丸くして、それから吹き出す。

「それやったら私たちダメ人間だね」

旬も笑う。

「間違いない」

できない。

やらない。

そんなこと、最初から分かっている。

背負っているものが、大きすぎる。