Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

重なっていた体温が、ゆっくりと落ち着いていく。

窓の外は、うっすら白んできている。

夜と朝のあいだ。
世界がまだ名前を持たない時間。

希が、ぽつりと言う。

「次起きたら帰らなきゃだね」

少しだけ名残惜しそうに。

旬は希の髪を指先で梳きながら、「うん」と答える。

柔らかい声。

「日常に戻れるかな」

希が小さく笑う。

冗談みたいで、
でも少し本気。

「世の中のカップルってさ」

旬を見る。

まっすぐな目。

「こんな夜を超えて、毎日普通に仕事してるんだよね」

「してるな」

あっさりとした返事。

「すごくない?」

本気で感心している顔。

旬はくすっと笑う。

「希は無理そう?」

「無理だとおもう」

即答。

間髪入れない。

旬が吹き出す。

「会社の子たちに手当あげたいもん」

「なんの手当」

「恋愛手当」

真顔。

旬が腹を抱えそうになる。

「彼氏いるのに毎日ちゃんと仕事来てくれてありがとうって」

「情緒どうなってんだよ」

希はむっとする。

「だってさ、好きな人いるのに朝ちゃんと起きて、メイクして、満員電車乗って、笑顔で接客とか無理じゃない?」

「いや、みんなやってる」

「偉すぎる」

本気で尊敬している顔。

旬は笑いながら希を引き寄せる。

軽く抱きしめると、希は素直に腕の中に収まる。

「経営者目線かよ」

「だって尊敬する」

少し間。

「旬も偉い」

「俺は別に」

「私と付き合ってるのに、ちゃんと社会人やってる」

旬が眉を上げる。

「どういう理屈だよ」

「だってこの前あんなに色々あったのに、次の日普通に会議とかでしょ?」

「まあな」

「すごくない?」

「希も仕事したんでしょ?」

「私は前日体調不良って早退してるから、みんなが色々してくれてぼんやりしてたよ」

「なんだよそれ」

旬は苦笑する。

「普通がすごいんだよ」

希はそう言って、旬の胸に額を押しつける。

夜を越えた。

過去も越えた。

それでも朝は来る。

目覚ましは鳴る。

仕事はある。

日常は、容赦なく始まる。