Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

窓の外は、白。
雪が音を吸い込んで、部屋の中はやけに静かだ。

旬が、ゆっくり口を開く。

「一人だけって言ってたよね」

希は小さく頷く。

「うん」

「どんな人だった?」

責める声じゃない。
ただ、確かめる声。

希は少しだけ視線を落とし、記憶を辿る。

「絵を描くのが上手な人」

その言葉に、旬の胸が、わずかにざわつく。

「年上?」

「うん。ひとつ」

「どれくらい付き合ったの?」

「一応、3年」

旬は静かに頷く。

3年。
軽くはない時間。

「なんで別れたの?」

問いはまっすぐ。

希は、少しだけ遠くを見る。
窓の外の白さよりも、もっと遠く。

「私が、追いつけなかった」

「何に」

「相手の覚悟に」

静かな言葉が、部屋に落ちる。

旬は動かない。
ただ、聞いている。

希は続ける。

「その人、夢追いかけてて」

「うん」

「私もまだ、自分のことだけで精一杯で」

小さく笑う。

「噛み合わなくなったのかもね」

旬は、何も急かさずに続きを待っている。

希は少しだけ視線を落とした。

「最後の一年はね、遠距離だったの」

「遠距離?」

「うん。私は芸大。彼はロンドンの美術大学」

旬の眉が、わずかに動く。

「すごいな」

「すごいよね」

どこか他人事みたいに笑う。

遠い国の話。
遠い時間の話。

「時差もあるし、忙しいし」

「連絡は?」

「たまにメール」

“たまに”という言い方に、薄い寂しさが混じる。

「電話は?」

「一回もない」

旬の胸が、きゅっと締まる。

声を聞きたいと思わなかったのか。
それとも、思っても届かなかったのか。

「寂しくなかった?」

希は少しだけ考える。

「寂しかったよ」

正直な答え。

「でも、夢追いかけてる人だったから」

旬は黙って聞いている。

「応援したかった?」

「うん」

小さく頷く。

「待つって、決めてたの?」

「決めてた」

即答。

その迷いのなさに、旬は息を飲む。

一年。
声も聞かずに。
触れもせずに。

それでも、待つと決めた強さ。

「でもね」

希の指が、ソファーの布を少しつまむ。

無意識の癖。

「一年経った頃に、メールがきた」

部屋の空気が、わずかに張りつめる。

雪は、静かに降り続いている。

過去の扉が、ゆっくりと開こうとしていた。