Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

「行こ」

何もなかった顔で、歩き出す。

ロビーの自動ドアが静かに開き、冷たい空気が流れ込む。

雪はもう止んでいる。

だが、空気の奥に、
まだ溶けきらない何かが、静かに残っていた。

旬は、歩きながらふと希を見る。

「今日さ」

「うん?」

「いっぱい話そ」

少し意外そうに、希が瞬きをする。

「たくさん話したじゃん」

「足りない」

真面目な顔。

その本気さに、希はくすっと笑う。

「なに聞きたいの?」

旬はほんの少しだけ躊躇う。
でも、今日は逃げないと決めている。

「今までのこと」

希の目が、わずかに揺れる。

「……恋愛とか?」

「うん」

視線は逸らさない。

「付き合わなかったら、聞けなかっただろ」

静かな声。

エレベーターの中、柔らかい音楽が流れる。
ゆっくりと上昇する感覚。

「今まではさ、どこまで踏み込んでいいか分かんなかった」

正直な告白。

「でも今は、彼氏でしょ?」

少しだけ照れながら言う。

希の頬が、ふわりと赤くなる。

「そうだね」

小さく、でも確かな声。

エレベーターの扉が開く。

部屋に戻ると、窓の外は一面の白。
雪が積もり、世界がやわらかく静まっている。

二人は自然にソファーに並んで座る。
肩が触れそうで、触れない距離。

けれどもう、その距離に迷いはない。

これから聞く言葉は、
お互いの過去。

知らなかった時間。

でも——

それを知っても、
隣にいることは変わらないと、
どこかで二人とも、もう分かっていた。