Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

「それ、ちょっと見せて」

旬が、静かに言う。

もう一度。

「ちょっと見せて」

希は一瞬だけ迷う。

これは、誰にも見せたことのない場所。
強がりも、弱さも、そのまま閉じ込めてきた小さな記録。

でも——逃げない。

スマホを、そっと差し出す。

旬は隣に座り直し、肩が触れる距離で画面を覗き込む。

ゆっくり、ゆっくりスクロールする。

一番下まで、遡る。

——最初の投稿。

バーのカウンターの写真。
薄暗い照明と、グラスの影。

短い文章。

“隣に座った人の声が、落ち着く。”

旬の指が、止まる。

呼吸も、少しだけ止まる。

その次。

映画館のチケットの写真。

“緊張して映画の内容が分からなかった。”

旬が小さく笑う。

「そんなに?」

希は両手で顔を隠す。

「うん。今でも思い出すと緊張する」

「俺、そんな怖かった?」

「怖くない。距離がなんか近くて…」

その言葉に、旬の胸が静かに満ちる。

さらにスクロールする。

夜景の写真。

“手が触れただけで、心臓がうるさい。”

旬の喉が、かすかに鳴る。

次。

コーヒーとノート。

“この人を好きになったら、たぶん後戻りできない。”

指が止まる。

しばらく動かない。

希は横顔を見つめる。

読まれている。
自分の、全部。

旬はそっと息を吐く。

「……俺、こんなに大事にされてたんだ」

冗談じゃない声。

希は小さく笑う。

「してたよ」

「言ったら壊れそうだったから」

好きだと認めた瞬間、
何かが変わってしまいそうで怖かった。

希の手を握る。

「俺さ」

低い声。

「こんなふうに想われたの、初めてかもしれない」

希の目が揺れる。

「そんな事ないでしょ?」

少し不安げに。

旬は首を振る。

「嬉しい」

そして、少し笑う。

「負けた気分」

「だから何それ」

希も笑う。

暖炉の火が、やわらかく揺れる。

過去でも未来でもない。

今、隣にいる二人だけの温度が、
静かに、確かに、積み重なっていく。