Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

——私も。

心の奥で、同じ記憶が静かに灯る。

「実は私も、名前以外何も分からない人のこと思い出して考えてた」

小さく打ち明ける。

旬が、驚いた顔をする。

「ほんと?」

「うん」

あの夜。

シャワーを浴びて、ベッドに入って。
なのに、ふと浮かんでしまった横顔。

名前しか知らない人。

それなのに、妙に存在感だけが残っていた。

「で、どう思ってたの?俺のこと」

旬が少し身を乗り出す。

希は少し考えてから、正直に言う。

「何歳かなって」

「は?」

旬が素で驚く。

「それだけ?」

「あとは……」

少しだけ視線を逸らす。

「最も私が避けてきたタイプの人なのに、なんか違う気がしてた」

旬の眉が動く。

「違う?」

「っていうか、違うといいなって思ってた」

願望混じりの本音。

「避けてきたタイプ?」

「なんか自信があって、すぐ声掛けてくるでしょ」

希が笑う。

「仕事できて、余裕あって、たぶんモテる人」

「悪口?」

「警戒」

きっぱり。

「そういう人、だいたい私のこと好きにならないし。なったとしても軽い」

だから最初から距離を取る。
傷つかないために。

旬はしばらく黙る。

「声、かけたじゃん」

「かけたね」

「早かった?」

「うん」

正直すぎる返事に、旬が苦笑する。

「でもさ」

希は、少しだけ真面目な目になる。

「あの日の旬は、なんか違った」

「なにが」

「ちゃんと私の空間を見てた」

作品じゃなくて。
流行りじゃなくて。

「私の意図を、ちゃんと読み取ろうとしてくれてた」

旬の胸が、静かに熱を持つ。

「だから」

希は少しだけ照れながら続ける。

「違うといいなって、思っちゃった」

窓の外、雪が白く積もっていく。

あの日、名刺だけを交換した二人。

それぞれの部屋で、
それぞれ同じように眠れなかった夜。

偶然みたいで。

でもきっと、もうあのときから、
始まっていた。

「俺は大丈夫だったってことだ」

旬が、少しだけ得意げに言う。

希はふっと笑う。

旬は続ける。

「そのあと会うたびに、ちゃんと好きになった」

「ちゃんと?」

「一瞬じゃなくて。積み重なった」

衝動じゃない。
熱に浮かされたわけでもない。

会って、話して、笑って。
少しずつ、確信に変わっていった。

希の指先が、そっと旬の袖をつまむ。

無意識みたいに。