Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

露天風呂から立ち上る湯気が、窓に反射してゆらゆら揺れる。
希は時計をちらりと見る。

「あ、あと一時間でレストランだ」

立ち上がり、スーツケースを開けながら自然に言う。
「私、支度にに一時間かかるから」

旬が振り向く。
「一時間?」

「うん」

当たり前のような顔で答える希に、旬は少し笑う。
「俺、十五分」

希が振り返って目を丸くする。
「はや」

「シャワー浴びて、着替えて、終わり」

「雑」

「雑じゃない。完成度は高い」

真顔で言う旬に、希は思わず笑う。
その声に、部屋の空気がふわりとやわらかくなる。

二人の時間は、外の雪景色とは別の、穏やかで温かい世界に包まれていた。

それぞれの時間。

旬は先にシャワーへ向かい、浴室からは水音がかすかに聞こえる。
希はクローゼットにかけたドレスをじっと見つめる。

深い色。
背中が開いているドレス

自分で選んだはずなのに、胸が少しだけ緊張する。
鏡の前に立ち、髪をどうまとめるか、リップの濃さはどうするかと迷う。

「……一時間、いるな」

小さくつぶやき、ため息をひとつ。

そのとき、ドアが開く音。
旬が現れる。

白いシャツに黒のスラックス。
ネクタイはまだしていない。
濡れた髪をタオルで拭きながら、余裕たっぷりに言う。

「あと五十分あるよ」

希は思わず目を細めて見つめる。
「……もうそれでいいじゃん」

旬は首をかしげる。
「まだ途中」

「もう完成してるし」

「ネクタイでもっと化ける」

笑いながら言うその余裕が、ずるい。
希は鏡越しに彼を見つめ、自然と顔がほころぶ。

部屋の時間は、二人だけの静かな世界に満ちていた。