Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

広いソファに並んで座る。

少し距離があるけれど、それが逆に心地いい。
近いのに、無理に触れる必要もない。
沈黙は気まずくなく、柔らかく部屋に溶けている。

旬が先に口を開く。
「なんかさ」

「うん?」

「北海道って、逃げてきたみたい」

希は思わず笑う。
「誰から?」

「東京」
即答の声に、少しだけ力が入る。

希はクッションを抱え直す。
「逃げたかったの?」

「希がいなくなるかもって思った日、ちょっと」
旬の指先がソファに触れる。
あの夜のことを思い出す。
すれ違った、ぎこちない夜。

希の指が止まる。
「私が逃げちゃったんだけどね」

二人の間に、静かに温かい空気が流れる。
悲しみでもなく、不安でもなく、ただ――お互いを確かめるように。

静かに言う。

旬は隣で横を向き、柔らかく言葉を重ねる。

「知ってる」

少し笑う旬に、希は小さく睨み返す。
言い合いのようで、でも柔らかい。
部屋の空気も、二人の距離も、やわらかく震える。

旬がゆっくり手を伸ばす。
希の頬に触れ、親指がそっと滑るようになぞる。

キスは軽く、唇が触れるだけ。
離れても、また重ねる。
今度は少し長く。

希の指が、自然に旬のセーターをつかむ。
深くはない。まだ、焦らずに。

「会いたかった」

唇が離れたあと、旬が小さく笑う。
その笑みだけで、希の胸はじんわり温かくなる。

「キス、好きだよね」

希は目を細めて見つめる。
「旬が好き」

その一言で、旬の呼吸が一瞬止まる。
間を置かず、もう一度唇を重ねる。
今度は少しだけ強く。

希が小さく息をもらす。
「ん…」

旬はすぐに離して、真剣な顔で言う。
「レストラン前に乱れたくない」

希は笑う。
「乱れるの?」

「多分ね」
低く響く声。
その温度に、希の喉が少し乾く。
でも今は、まだ穏やか。

旬が背もたれに体を預ける。
「こうやって並んでるの、好き」

「ソファー?」

「希と」
即答。

希は視線を落とし、少し照れる。
旬はその横顔を見つめながら、静かに続ける。
「この景色、ちゃんと覚えてて」

「うん」

「俺がどれだけ本気か」
冗談のように言うけれど、目は真剣そのもの。

希は小さく笑う。
「うん」

空気が柔らかく震える。
並んだ二人の距離は近く、でもまだ穏やかで、静かな夜が続いていく。


本当は、まだ全部は知らない。

でも、この瞬間は違う。
疑いも、肩書きも、何もない。
ただ、好き。

旬がもう一度、軽く唇を重ねる。
触れるだけ。
優しく、確かに。

「時間、ゆっくりだな」

「うん」

窓の外、雪が静かに降る。
街の明かりをやわらかく包み込む。

レストランの予約までは、まだ少し時間がある。
でも、焦る必要はない。

二人だけの、あたたかい時間。
並んで座るソファーの上で、息づかいと体温だけが確かに存在している。

外の寒さを忘れ、静かに、ゆっくりと時が流れていく。