Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

「まだ男の人と…こうゆうこと…」
「だからどうしたらいいか分からなくて。
ごめんなさい。」

やっぱり。

はじめてキスをした瞬間から、わかっていた。

慣れていない、とか。
ぎこちない、とか。

そんな軽いものじゃない。

触れられることそのものに、
体が小さく強張っていた。

拒まれてはいない。

でも、必死に受け止めようとしているのが伝わった。

だから少し、止めた。

このまま進んだら、きっと彼女は笑って「大丈夫」と言う。
無理をしてでも、合わせようとする。

それがわかっていたから。

無理をさせたくなかった。

でも、まさか——ここまでとは。

胸の奥が、静かに揺れる。

嬉しい、より先に浮かんだのは責任だった。

この子は、本気で向き合っている。

遊びなら、言わない。

黙っていられたはずだ。

過去をぼかして、曖昧に笑って、
その場をやり過ごすことだってできた。

なのに言った。

震えながら、自分から。

逃げ道を残さず、正直に。

その勇気に、胸が締まる。

「教えてくれてありがとう」

本音だった。

打算も、格好つけもない。

ただ、受け取った事実への敬意。

まだ誰のものでもなかった。

その事実が、静かに熱を持つ。

誇らしさでも、優越感でもない。

重み。

自分が触れているものの、重さ。

奪いたいんじゃない。

守りたい。

急いで進むことよりも、
安心して笑う顔を増やしたい。

軽い気持ちでは触れられない。

触れるたびに、自分の覚悟が試される気がする。

彼女の「はじめて」は、
経験の話じゃない。

信じて預ける、という意味だ。

その重さを、ちゃんと抱えられる男でいたい。

そして、心の奥で思う。

——俺でよかった。

そう思わせたい、

本当に。

この瞬間を預けられたのが、自分でよかったと。

彼女の震えが、少しずつ落ち着いていくのを感じながら、
旬はそっと息を吐く。

急がない。

急ぐ理由なんて、どこにもない。

守ると決めたから。

言葉が、静かに落ちた。

旬は一瞬だけ目を伏せる。

やっぱり。

触れた瞬間から気づいていた。
その震えも、息の乱れ方も、
慣れとは違う緊張を帯びていたから。

でも確かめなかった。

確かめれば、彼女に言葉を強いることになる。
言わせたくなかった。

知らないふりをして、
自分が少しずつ慣らしていけばいいと思っていた。

それを——

彼女は自分で言った。

震えながら。

逃げ道も残さず、まっすぐに。

胸の奥が、静かに熱を持つ。

欲しい、と思う。

今すぐ全部、俺のものにしたい。

その衝動は確かにある。
腕の中の体温が、理性を揺らす。

けれど。

違う。

ここで勢いに任せたら、
一生後悔する気がした。

希は今、勇気を出したところだ。

守られる側でいるのではなく、
自分の意思で、信じて差し出してきた。

その信頼を、欲望で塗りつぶすわけにはいかない。

ならば応え方は一つ。

旬はそっと抱きしめる。

強くではなく、包むように。

壊れものに触れるみたいに、
けれど離さないと伝える腕。

胸に顔を寄せる彼女の呼吸が、
少しずつ落ち着いていく。

焦らなくていい。

奪わなくていい。

今はただ、
安心させることだけでいい。

腕の中の温もりを感じながら、
旬は静かに思う。

この信頼に、ちゃんと応えられる男でいたい。

それだけで、十分だった。