Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

さっきまでの激しいキスの余韻で、
希の呼吸は整いきらないまま揺れている。

「ごめん……苦しかったよな」

旬の声は、ちゃんと優しい。

熱を引きずりながらも、希を気遣う響き。

「違うの」

希は小さく首を振る。

胸の奥がぎゅっと縮む。

今なら言えるかもしれない。

でも——言ったらどう思われるだろう。

重いって思われたら?
面倒だって、引かれたら?

怖い。

でも、隠したまま触れられるほうが、もっと怖い。

ちゃんと知ってほしい。

ちゃんと、向き合いたい。

希は小さく息を吸う。

「……あのね」

旬が静かに目を見る。

急かさない。

ただ、待っている。

「私、こんなキス……初めてで」

言葉が震える。

「まだ男の人と……こういうこと……」

喉が詰まる。

それでも、続ける。

「だから、どうしたらいいか分からなくて。
ごめんなさい」

言ってしまった。

一瞬、時間が止まる。

部屋の静けさが、急に重くなる。

旬の表情が読めない。

驚いた?
引いた?
困った?

——やっぱり言わなきゃよかった?

視線を落としかけた、その時。

旬の手が、そっと希の頬を包んだ。

温かい。

逃げない手。

「……そっか」

低くて、柔らかい声。

驚きでも、戸惑いでもない。

むしろ、どこか大事なものを受け取ったみたいな響き。

「教えてくれてありがとう」

その言葉に、希の目が揺れる。

「ごめん、我慢できなくて」

旬は親指で、そっと涙の跡をなぞる。

「俺、嬉しいとか、好きとか、気持ちが溢れてただけで」

苦く笑う。

「ちゃんと考えられてなかった」

視線を合わせる。

真っ直ぐ。

「無理させるつもりなんてない。
むしろ……大事にしたい」

その声は、さっきよりもずっと静かで、強い。

「ゆっくりでいい。
俺が全部合わせる」

希の胸の奥に、温かいものが広がる。

怖さが、少しずつ溶けていく。