Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

「もう我慢しない」

旬はそう言って、希の頬に触れた。

次の瞬間、唇が重なる。

柔らかい。

あたたかい。

世界一優しいキスだと、希は思った。

触れているだけなのに、胸の奥まで溶けていく。

さっきまでの不安も、疑いも、
全部ほどけていくみたいに。

旬はその感触を確かめながら、確信する。

――もう離れるなんて無理だな。

希の唇が、少し震えている。

大事にしなきゃいけない人だと、はっきりわかる。

そのとき。

キスの最中に、希が小さく声を漏らした。

「あっ!」

旬がゆっくり離れる。

「なに?」

一瞬、また何か悪いことを思い出したのかと、不安になる。

希は真顔で言う。

「北海道のチケット、キャンセルしなきゃ」

「……北海道?」

旬の眉が上がる。

「週末の三連休、1人で行こうと思って。チケット取った」

「なんで?」

本気で驚いている声。

希は少し視線を落とす。

「少しでも旬さんから遠くに行こうと思って」

胸が締めつけられる。

「東京にいるの、辛すぎて。もう、どこでも良かったの。少しでも離れたくて」

その言葉に、旬は言葉を失う。

健気すぎる。

一人で抱えて、一人で逃げようとして。

泣きそうになる。

いや、もう少し泣いている。

旬は何も言わずに立ち上がる。

リビングのテーブルに置いてあったパソコンを開く。


キーボードを叩く音が、静かな部屋に響く。

「あの、キャンセル……」

「ちょっと待って」

画面を見つめる横顔は、妙に真剣。

数分後。

「よし」

旬が画面を閉じる。

「一緒に行こう。北海道」

希が固まる。

「……え?」

「それに」

旬はさらっと言う。

「3日も離れてるなんて無理だし」

あまりにも自然に。

当たり前みたいに。