Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

旬は続ける。

「この前、将暉に会った時」

一瞬、言葉を選ぶ。

「確かに言った。結婚考えてる人できたって」

「それ、希のことだろ。どう考えたって」

まっすぐな目。

疑いも、迷いもない。

でも希は、泣きながら首を横に振る。

「わかんないよ……」

声が子どもみたいに震える。

「私…そういうの全然わかんない」

自分でも情けないと思いながら、それでも本音。

旬の表情が、ふっと緩む。

愛しさが、溢れる。

次の瞬間、そっと抱きしめられる。

強すぎない。

でも、離さない腕。

希の額が、旬の胸に触れる。

心臓の音が、近い。

速い。

同じくらい、速い。

「で」

旬の声が、髪の上から落ちてくる。

「俺のこと無視してる間、どうしてたの?」

責める響きはない。

ただ、知りたいという声。

希は、腕の中で小さく息を吸う。

ぽつり、ぽつりと話し始める。

一睡もできなかったこと。

朝の光がつらかったこと。

涙が止まらなかったこと。

何も食べられなかったこと。

仕事が手につかなかったこと。

映画館に行ったこと。

Nocturneで、終わらせるつもりだったこと。

「最後だから……」

声がまた揺れる。

「2人の始まりのNocturneと、映画に行って……それで終わろうって思ってた」

旬の腕に、力が入る。

「映画はちゃんと観れたの?」

少しだけ、意地悪みたいに聞く。

希は鼻をすすりながら、首を振る。

「全然。全く」

間。

そして。

旬が小さく吹き出す。

希も、つられて笑ってしまう。

涙でぐしゃぐしゃなのに、笑っている。

さっきまで、終わりだと思っていた夜。

なのに今は、胸の奥がじんわり温かい。

泣いて、笑って。

抱きしめられたまま、希は思う。

終わらなくてよかった。

ちゃんと聞いてよかった。

ちゃんと、ぶつけてよかった。

旬の胸に顔を埋めながら、希は小さく呟く。

「好き」

それは、やっと形になった言葉だった。