Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

ドアが静かに閉まる音。

次の瞬間、視界が一気に開けた。

大きな窓。

床から天井までのガラス越しに、夜の東京が広がっている。

真正面に、東京タワー。

オレンジ色の光が、静かに瞬いている。

希は、立ち尽くした。

さっきまでの混乱が、一瞬だけ遠のく。

「何ここ」

思わず、声が漏れる。

振り返る。

旬はネクタイを緩め、ジャケットを脱いでいた。

「うち」

あまりにも普通の言い方。

現実感が追いつかない。

「そこ座ってて」

少し荒い呼吸。

怒っているわけじゃない。

でも、感情を押し込めている呼吸。

希は促されるまま、ソファに腰を下ろす。

柔らかい。

広いリビング。

無駄がない。

余計な装飾も、生活感もほとんどない。

静か。

まるでモデルルームみたいだ、と一瞬思う。

キッチンの方から、湯気が立つ。

カップに注がれる音。

ハーブティーの、優しい香り。

旬が戻ってくる。

カップをそっとテーブルに置く。

「これ飲んで。」

「少し落ち着いた?」

さっきとは違う声。

低いけれど、柔らかい。

いつもの、彼の声。

その変化が、余計に胸を締めつける。

希は、うまく頷けない。

旬が少し、近づく。

反射的に、体が離れる。

自分でも驚くほど、はっきりと。

「逃げないで」

低い声。

でも、わずかに震えている。

怒りじゃない。

焦り。

不安。

それが混じっている。

「何があったの?」

まっすぐな問い。

逃げ道のない、優しい問い。

希は視線を逸らす。

東京タワーの光が、ぼやける。

言えない。

聞けない。