Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

待ち合わせは、銀座の小さなシアター。

大通りから一本入った、
控えめな看板。

派手じゃない。

レッドカーペットも、きらびやかな照明もない。

いかにも旬らしい選び方。

人目を集めるより、
中身を選ぶ。

希は少し早めに着いてしまい、
ガラス扉越しにロビーを眺める。

ポスターはミニマルで、
観客も落ち着いた大人ばかり。

(好きそう)

そう思った瞬間——

「こんばんは」

背後から声。

振り向く。

一瞬、言葉を失う。

スーツではない旬。

柔らかなニットに、
シンプルなコート。

肩の力が抜けた装い。

それなのに。

いや、だからこそ。

(ずるい、素敵すぎる)

仕事の鎧を脱いだ彼は、
年相応の男の顔をしている。

少しだけ、近い。

「こんばんは」

希の声が、
いつもよりわずかに低い。

自分でも気づくほど。

旬は気づいたかどうか、
ほんの少し目を細める。

「寒くなかったですか」

「大丈夫です」

短い会話。

でも、空気はどこか柔らかい。

チケットを受け取るとき、
指が触れそうになる。

今日は暗闇の中。

逃げ場も、誤魔化しも、
少ない時間。

ロビーの静かなざわめき。

映画の開始を知らせるベル。

「行きましょうか」

旬が軽く手で促す。

その仕草が自然すぎて、
希の胸がまた静かに鳴る。

並んで歩く。

肩が、触れそうで触れない。

いつもの距離より、
ほんの少しだけ近い。

暗闇の中で、
何かが始まる予感。

まだ名前のつかない関係が、
ゆっくりと形を持ちはじめている。