Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

希の家のリビングは、やわらかな間接照明に包まれていた。
窓の外には、静かな街の灯り。

ソファに並んで座りながら、旬がふと口を開く。

「経済誌、みたよ」

その一言で、希の指が止まる。

グラスを置く音が、わずかに響いた。

「……見た?」

「見た」

短い返事。

少しだけ間が空く。

「すごいな」

飾りのない、本音だった。

希は視線を落とし、困ったように笑う。

「仕事だから」

さらっと言うその声に、旬は小さく首を振った。

「違う」


希が見上げる。

「俺、今まで思ってた」

静かな声。

「希って、出来ないことないのかなって。凄いなって」

その目が、ほんの少し揺れる。

「でもあれは——」

低く、はっきりと。

「経営者だ」

空気が変わる。

恋人を見る目ではなく、
同じ世界で戦う人間を見る目。

旬は正直に言う。

「焦った」

「え?」

「俺、親の会社だし」

言葉にした瞬間、自分でも驚くほど胸が軽くなる。

「希は、自分で作った」

沈黙が落ちる。

希はしばらく何も言わず、旬を見つめていた。

そして、静かに言う。

「旬は旬の場所で戦ってるでしょ」

「でも、ゼロじゃない」

少しだけ、希の声が強くなる。

「ゼロから始めるのが偉いわけじゃない」

旬が息を止める。

「逃げない人が偉いんだよ」

その言葉は、まっすぐ胸に届いた。

逃げなかった。

逃げずに、背負ってきた。

比べることも、羨むことも、どこかで自分を小さくしていたけれど。

希は続ける。

「旬は、ちゃんと自分の場所で立ってる」

その目は、対等だった。

守られる女の子じゃない。
守られるだけの関係でもない。

旬は、ゆっくりと息を吐く。

救われる。

でも、それだけじゃ足りない。

「俺、並びたい」

ぽつりと落ちた言葉。

希はすぐに返す。

「並んでるよ」

「違う」

旬は目を逸らさない。

逃げない。

「ちゃんと並びたい」

その瞬間だった。

胸の奥でくすぶっていた劣等感が、
形を変える。

悔しさでも、卑屈でもない。

——向上心。

希は少しだけ目を細め、優しく笑う。

「じゃあ、一緒に上がろ」

挑発でも慰めでもない。

同じ高さで、同じ未来を見る声。

旬はその笑顔を見つめる。

ああ、この人は強い。

そして、自分も強くなりたいと思わせる人だ。

そっと手を伸ばし、希の手を握る。

温かい。

「負けないから」

小さく言う。

希は笑う。

「負けないよ」

恋人同士の夜。

けれどそこにあるのは、甘さだけじゃない。

尊敬と、覚悟と、
並んで歩くという約束。