Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

希はソファの端に座り、膝の上で指を組んでいる。

「やっぱりさ、思ったんだけど、うちの親に先に会うのはなんか違う気がするから、日曜のゴルフ断ろうかな…」

旬は少しだけ首を傾ける。

「そこまで考えなくてもいいよ?」

「でもパパも延期してくれると思うんだよね」

「ゴルフは行きたいよ。せっかく誘ってくれたのに。」

希は黙る。

視線を落とし、少しだけ息を吸う。

「……順番って、大事じゃない?」

その一言で、部屋の空気が変わる。

不安だからじゃない。
逃げたいわけでもない。

本気だからこそ、整えたい。

旬は一瞬、黙った。

そして理解する。

彼女は“覚悟”で言っているのだと。

旬の中で、何かが静かに決まる。

「希、俺たち結婚するよな」

希の呼吸が止まる。

「…うん」

「今すぐじゃないけど、するのは決めてる」

希の目がまっすぐになる。

「うん。私も」

その確認は、軽くない。

ただの甘い未来予想じゃない。
宣言に近い。

旬はゆっくり言う。

「じゃあ順番、整えよう」

「え?」

「ゴルフは行く。でもその前に、俺の親に言っとく。」

希の息が止まる。

「希、今度の土曜日休み?」

「ちょっとあるけど、調整はできる…」

旬は迷わずスマートフォンを手に取る。

コール音。

「あ、母さん?旬だけど、今度の土曜いる?」

少しの間。

「うん。結婚したい人連れて行くから。父さんにも家にいてって言っといて」


電話が切れる。

部屋が、しんと静まり返る。

旬はいつもの落ち着いた顔で言った。

「これで順番、いいだろ?」

希の目が潤む。

「……今、なんて言ったの?」

「結婚したい人、連れてくって」

「そんな、さらっと……」

「事実だから」

その一言が、胸にまっすぐ落ちる。

勢いじゃない。
照れでもない。

覚悟。

希は小さく言う。

「逃げられないよ?」

旬が近づく。

「逃げる気ない」

距離が、縮まる。

「まだ付き合い始めたばっかりだよ?」

旬は少し笑う。

「分かってる。だから今じゃない」

さらに一歩近づく。

「でも“する”のは決めてる」

希は目を伏せる。

「…私の方が好きかもしれないのに」

即答。

「俺の方が好きだよ」

「絶対私」

「いや俺」

どちらも本気だから、
ふざけていないのに少し笑ってしまう。

旬がそっと希の頬に触れる。

「希は順番気にしてたでしょ?」

「うん」

「そういうとこもなんかちゃんとしてて好き」

涙が、にじむ。

「…私、旬の家族に嫌われたらどうしよう。今後絶望的…」

旬は少しだけ真面目な顔になる。

「ありえない」

「なんで言い切れるの」

「俺が選んだ人だから」

重い言葉。

でも、あたたかい。

旬が額をそっと合わせる。

「来週の土曜、俺の親に会って。次の日希のお父さんとゴルフ。これでいいよね。」

「うん」

希が小さく笑う。

「ずるい」

「何が」

「安心する」

旬の声は低い。

「安心していいよ。俺と結婚するんだから」

希の目がまた揺れる。

「……プロポーズみたい」

「何度でも言う」

笑いながら、涙がこぼれる。

旬が指でそっと拭う。

「泣くな」

「嬉しいと泣くの」

「知ってる」

抱きしめる。

強くない。

でも、絶対に離さない抱き方。

外の夜は何も変わらない。

けれど、ふたりの未来だけが、はっきりと輪郭を持ちはじめていた。