孤高の剛腕大富豪は滾る愛を知って、ママと息子をこの手で囲い落とす

「昨日はありがとうございました」


私はお礼を口にし、おじぎをした。ゆっくりと頭を上げると、彼が私の顔をのぞき込むようにして近づいてきた。


「な、なんですか……っ」


突然の行動に驚きイスに座ったままのけぞるも、彼は表情ひとつ変えずジャケットのポケットに手を入れたまま私の目をジッと見つめる。実際には数秒だったのかもしれないけど、体感的には一分以上に感じられた。

誰かに間近で見つめられた経験がないため、こういうときどうするのが正解なのか分からない。
恥ずかしいから早く目を逸らしたいのに……なぜか体がいうことを聞いてくれない。

彼の黒い瞳に映る私はまるで狼に狙われたうさぎのようで、その視線だけで動けなくなってしまった。


「元気そうでよかった」


クスッと笑った彼は満足げに微笑む。その言葉を聞いて、もしかして心配してくれていたのかと思いドキッとする。


「……どうして分かるんですか?」

「手でこすったら目が腫れるけど、大丈夫そうだな」


さっきジッと見つめてきたのは、ハンカチをちゃんと使ったかどうかを確認するためだったのね。
そこまで使ってもらいたいと思っていたのなら、私としても使ったかいがある。


「あ……ハンカチ。一応洗ったので、お返しします」


私が鞄の中からハンカチを取り出すと、彼は「そうか」と笑みを浮かべてズボンのポケットから同じハンカチを出してきた。


「今日たまたま同じものを持っている。お(そろ)いだな。それ、よかったらきみが使って」
 

装いがラフだからなのか、ジャズが流れる落ち着いた雰囲気のカフェにいるからなのか、今日の彼から昨日のような近寄りがたいオーラはいっさい感じない。
同じものを二枚持っていて、そのうちの一枚を私がもらったということか。
偶然お揃いになっただけなのに、彼の口から出た『お揃いだな』に胸がギュッとなる。


「ぜひ、お礼をさせてください」


よく分からない胸の痛みをごまかすように、私はハンカチの件には触れず口を開く。