図書室で琴葉が秘密にしていることを豆原に知られてしまった。その場から逃げ出したものの、あれ以来、どうすればいいのか全く分からない。
とにかく、豆原を避けて、避けて、避けて。接触しないように、ひたすら逃げ回っている。そんな琴葉に凪は何も言わずに付き合ってくれていて、感謝してもしきれない。
現実から逃げ回る日々を過ごしていたのだけれど、いつまでも続ける訳にはいかない。でも、解決方法も分からない。八方塞がりの中、球技大会の時期が近づいてきた。
――練習、しないとなぁ
放課後、琴葉は去年の球技大会と先日の体育を思い出していた。昨年はサッカーに出場して、琴葉が下手すぎて相手チームに集中して狙われてしまい、勝つことができなかった。
今年はバレーに出場することが決まっているけれど、体育で思いっきり空振りしたのを踏まえると、去年の二の舞になってしまいそうだ。みんなの足を引っ張りたくない。
琴葉は、バレーボールを上げてアタックをするイメージを描きながら腕を動かすも、しっくりこない。
実際のボールを触りながら練習した方が良いと判断して、琴葉はイメトレをしながら体育館に向かった。
「あれ、琴葉ちゃんだ」
軽薄そうな声が聞こえて、琴葉は震え上がった。恐る恐る振り返ると、豆原が手を振りながら近づいてきている。
「あ、この間のことだったら――」
豆原が何かを言っているけれど、琴葉の耳には入ってこなかった。
「ごめんなさい~~~‼︎」
そう叫ぶと、あの日のように全力で逃げ出した。
やっとの思いで体育館に逃げ込み、琴葉は膝に手をついて息を整えた。振り返って、豆原が追って来ていないことが分かり、ようやくほっと息をつけた。
気を取り直して、シューズを履き替え、ボールを手にする。
「えいっ」
ボールを上げて腕を振るが、手は宙を描くだけだ。
何度試してみても、空振りしてしまう。
――と。
「球技大会の自主練?」
思わぬ声が聞こえて、琴葉は勢いよく振り返った。理玖が、転がったボールを拾って近づいてくる。
「月島くん、どうして・・・・・・?」
理玖は、一瞬だけ考えるそぶりをしてから口を開いた。
「豆原に声をかけられてたから。様子が気になって」
大丈夫だった?と覗き込まれて、琴葉は顔が熱くなっていくのを感じた。のどに支えて言葉が出てきそうになかったので、目を逸らしながら、何度も頷く。
「・・・・・・そっか」
理玖は琴葉から離れると、ボールをあげ、腕を振った。ボールは理玖の手に吸い込まれていき、遠くまで飛んで行く。
「すごい!月島くん、すごいです」
見事なサーブに琴葉が興奮気味に言うと、理玖は琴葉から顔を逸らして照れたように「ありがとう」と言ってくれた。
理玖のフォームを思い出しながら琴葉がイメトレしていると、ボールを取ってきた理玖が琴葉の手に乗せてくれた。
「サーブする時、ボールを上げるんじゃなくて、腕で打ち上げた方ができると思うよ」
「こう、ですか?」
隣で理玖が手本を見せてくれたけれど、琴葉は上手く動かせなかった。何度も空振りして、申し訳なくなってきた。
理玖は親身に教えてくれているのに、私ときたら、何にもできていない。内心で焦っていると、月島くんが「ちょっとごめんね」と言って、少し躊躇ってから琴葉の背後に回った。
近づいた距離に、琴葉の心臓が飛び跳ねる。顔も、先ほどの比ではないほど熱くなっているのが分かった。
理玖の左手が、ボールを持っている琴葉の手を支え、右手は琴葉の右腕に添えられた。
理玖の体温と匂いを感じて、身体中が激しく脈打つ。さっきからうるさいと思うくらい飛び跳ねている心臓の音が、月島くんに聞こえてしまいそうで怖い。でも――嫌じゃない。
「天童さん、力みすぎ。もう少しリラックスして?」
耳元で囁かれて、身体が飛び跳ねそうになった。小説のように、このまま腕に閉じ込められたい。もしそうなったら、逃げられない気がする。
そんな妄想にトリップしそうになって、琴葉は慌てて煩悩を追い払った。これでは、豆原さんの「実はエッチなことに興味津々なの?」が図星になってしまう。いや、実際、図星なのだけれど・・・・・・。
「このタイミングでボールを離すんだ。その時右腕はこう」
そう言って、理玖は何度も琴葉の身体を動かしながら教えてくれた。ありがたいけれど、とっても心臓に悪い時間を過ごしていると、徐々にボールが腕に当たるようになってきた。
「うん、良い感じだね。じゃあ、一人でやってみようか」
「は、はい」
理玖の体温が離れていってしまい、寂しいと思ってしまった。
「目、つぶらなければ大丈夫だよ。絶対できる」
そう言って琴葉を安心させるように優しく笑う理玖の顔を見て、胸がきゅっと鳴った。
親切に教えてくれた月島くんに報いるためにも、絶対にマスターしたい。琴葉は真っ直ぐ前だけを見据えて、ボールを手にした。
どう動けばいいのか少しだけ迷って、月島くんに教えてもらったことを思い出した。目をつぶらない。ボールをしっかり見る。力みすぎず、でも力を抜きすぎない。
うん、大丈夫。
一度深呼吸をして、琴葉は動いた。月島くんが教えてくれた通り、左手と右腕を動かす。腕にボールが当たる感覚がし、前を見ると――ボールが、真っ直ぐに飛んでいった。
で、できた・・・・・・!!
理玖の方へ振り返ると、満面の笑みを浮かべていた。
「で、できました!!私にも」
「やったね」
「月島くんのおかげです!!ありがとうございます」
理玖が笑顔を浮かべたまま両手をあげる。琴葉は少し躊躇ってから、両手をあげて理玖の手のひらを叩くように合わせると、晴れやかな音が響いた。
嬉しいけれど、むず痒さを感じながら手を下ろそうとしたら、理玖の手に優しく包みこまれた。ただでさえ早い鼓動が、ひときわ大きな音を立てる。
「前にさ、他の人にも頼ってもいいと思うって言ったこと、覚えてる?」
理玖がとても真剣な顔をするから、目を逸らしたいのに逸らせない。
「はい」
「他の人・・・・・・じゃなくて、俺のこと頼ってほしい」
え、とか細い声が琴葉の口から零れた。
それは、どういう意味で言ってるんですか?
聞きたいのに、上手く言葉にならない。
「ダメかな?」
ダメ押しのように顔を覗き込まれて、顔がいつになく真っ赤になるのが分かった。こんなに顔が熱くなるのも、痛いくらい心臓が大きく鳴ることも、小説には書いていなかった。相変わらず言葉が出てこなくて、しばらく経ってから、琴葉は首を横に振った。
「ありがとうございます」
やっと出てきた言葉は、蚊の鳴くような声だった。でも、月島くんにはしっかり聞こえたみたいで、嬉しそうに笑っていた。
とにかく、豆原を避けて、避けて、避けて。接触しないように、ひたすら逃げ回っている。そんな琴葉に凪は何も言わずに付き合ってくれていて、感謝してもしきれない。
現実から逃げ回る日々を過ごしていたのだけれど、いつまでも続ける訳にはいかない。でも、解決方法も分からない。八方塞がりの中、球技大会の時期が近づいてきた。
――練習、しないとなぁ
放課後、琴葉は去年の球技大会と先日の体育を思い出していた。昨年はサッカーに出場して、琴葉が下手すぎて相手チームに集中して狙われてしまい、勝つことができなかった。
今年はバレーに出場することが決まっているけれど、体育で思いっきり空振りしたのを踏まえると、去年の二の舞になってしまいそうだ。みんなの足を引っ張りたくない。
琴葉は、バレーボールを上げてアタックをするイメージを描きながら腕を動かすも、しっくりこない。
実際のボールを触りながら練習した方が良いと判断して、琴葉はイメトレをしながら体育館に向かった。
「あれ、琴葉ちゃんだ」
軽薄そうな声が聞こえて、琴葉は震え上がった。恐る恐る振り返ると、豆原が手を振りながら近づいてきている。
「あ、この間のことだったら――」
豆原が何かを言っているけれど、琴葉の耳には入ってこなかった。
「ごめんなさい~~~‼︎」
そう叫ぶと、あの日のように全力で逃げ出した。
やっとの思いで体育館に逃げ込み、琴葉は膝に手をついて息を整えた。振り返って、豆原が追って来ていないことが分かり、ようやくほっと息をつけた。
気を取り直して、シューズを履き替え、ボールを手にする。
「えいっ」
ボールを上げて腕を振るが、手は宙を描くだけだ。
何度試してみても、空振りしてしまう。
――と。
「球技大会の自主練?」
思わぬ声が聞こえて、琴葉は勢いよく振り返った。理玖が、転がったボールを拾って近づいてくる。
「月島くん、どうして・・・・・・?」
理玖は、一瞬だけ考えるそぶりをしてから口を開いた。
「豆原に声をかけられてたから。様子が気になって」
大丈夫だった?と覗き込まれて、琴葉は顔が熱くなっていくのを感じた。のどに支えて言葉が出てきそうになかったので、目を逸らしながら、何度も頷く。
「・・・・・・そっか」
理玖は琴葉から離れると、ボールをあげ、腕を振った。ボールは理玖の手に吸い込まれていき、遠くまで飛んで行く。
「すごい!月島くん、すごいです」
見事なサーブに琴葉が興奮気味に言うと、理玖は琴葉から顔を逸らして照れたように「ありがとう」と言ってくれた。
理玖のフォームを思い出しながら琴葉がイメトレしていると、ボールを取ってきた理玖が琴葉の手に乗せてくれた。
「サーブする時、ボールを上げるんじゃなくて、腕で打ち上げた方ができると思うよ」
「こう、ですか?」
隣で理玖が手本を見せてくれたけれど、琴葉は上手く動かせなかった。何度も空振りして、申し訳なくなってきた。
理玖は親身に教えてくれているのに、私ときたら、何にもできていない。内心で焦っていると、月島くんが「ちょっとごめんね」と言って、少し躊躇ってから琴葉の背後に回った。
近づいた距離に、琴葉の心臓が飛び跳ねる。顔も、先ほどの比ではないほど熱くなっているのが分かった。
理玖の左手が、ボールを持っている琴葉の手を支え、右手は琴葉の右腕に添えられた。
理玖の体温と匂いを感じて、身体中が激しく脈打つ。さっきからうるさいと思うくらい飛び跳ねている心臓の音が、月島くんに聞こえてしまいそうで怖い。でも――嫌じゃない。
「天童さん、力みすぎ。もう少しリラックスして?」
耳元で囁かれて、身体が飛び跳ねそうになった。小説のように、このまま腕に閉じ込められたい。もしそうなったら、逃げられない気がする。
そんな妄想にトリップしそうになって、琴葉は慌てて煩悩を追い払った。これでは、豆原さんの「実はエッチなことに興味津々なの?」が図星になってしまう。いや、実際、図星なのだけれど・・・・・・。
「このタイミングでボールを離すんだ。その時右腕はこう」
そう言って、理玖は何度も琴葉の身体を動かしながら教えてくれた。ありがたいけれど、とっても心臓に悪い時間を過ごしていると、徐々にボールが腕に当たるようになってきた。
「うん、良い感じだね。じゃあ、一人でやってみようか」
「は、はい」
理玖の体温が離れていってしまい、寂しいと思ってしまった。
「目、つぶらなければ大丈夫だよ。絶対できる」
そう言って琴葉を安心させるように優しく笑う理玖の顔を見て、胸がきゅっと鳴った。
親切に教えてくれた月島くんに報いるためにも、絶対にマスターしたい。琴葉は真っ直ぐ前だけを見据えて、ボールを手にした。
どう動けばいいのか少しだけ迷って、月島くんに教えてもらったことを思い出した。目をつぶらない。ボールをしっかり見る。力みすぎず、でも力を抜きすぎない。
うん、大丈夫。
一度深呼吸をして、琴葉は動いた。月島くんが教えてくれた通り、左手と右腕を動かす。腕にボールが当たる感覚がし、前を見ると――ボールが、真っ直ぐに飛んでいった。
で、できた・・・・・・!!
理玖の方へ振り返ると、満面の笑みを浮かべていた。
「で、できました!!私にも」
「やったね」
「月島くんのおかげです!!ありがとうございます」
理玖が笑顔を浮かべたまま両手をあげる。琴葉は少し躊躇ってから、両手をあげて理玖の手のひらを叩くように合わせると、晴れやかな音が響いた。
嬉しいけれど、むず痒さを感じながら手を下ろそうとしたら、理玖の手に優しく包みこまれた。ただでさえ早い鼓動が、ひときわ大きな音を立てる。
「前にさ、他の人にも頼ってもいいと思うって言ったこと、覚えてる?」
理玖がとても真剣な顔をするから、目を逸らしたいのに逸らせない。
「はい」
「他の人・・・・・・じゃなくて、俺のこと頼ってほしい」
え、とか細い声が琴葉の口から零れた。
それは、どういう意味で言ってるんですか?
聞きたいのに、上手く言葉にならない。
「ダメかな?」
ダメ押しのように顔を覗き込まれて、顔がいつになく真っ赤になるのが分かった。こんなに顔が熱くなるのも、痛いくらい心臓が大きく鳴ることも、小説には書いていなかった。相変わらず言葉が出てこなくて、しばらく経ってから、琴葉は首を横に振った。
「ありがとうございます」
やっと出てきた言葉は、蚊の鳴くような声だった。でも、月島くんにはしっかり聞こえたみたいで、嬉しそうに笑っていた。
