琴葉の様子がおかしい。
朝練を終えた萩原凪は、花壇に向かう道中、呼吸を整えながら、ここ最近の琴葉の様子を思い出していた。
やけにぼうっとしている。雑用を頼まれても、ぼうっとしすぎて相手の話を聞いておらず、なぜか相手が引き下がることが続いていた。
極めつけに、豆原旭を見ると目に分かるように怯えている。豆原の姿を遠くに認めると、「凪ぃ~」と言いながら背中に隠れて、逃げるように別の道へ向かう。休み時間になると、豆原を避けるようにトイレに閉じこもるか、凪を連れて屋上に続く階段に逃げ込む。
何があったのか問い詰めても、「え、何でもないよ?」と琴葉は笑う。でも、琴葉の目はしっかり泳いでいた。
月島くんに対しても挙動不審な所はあるけれど、怯えているというよりは恋する乙女の反応みたいだった。琴葉の様子が変なのは、月島くんが原因じゃない。
プレイボーイな兄を持つ凪には分かる。
豆原旭、あいつ、琴葉に何かしやがった。
凪はくるりと方向を変えて、手を握りしめた。琴葉に聞いても分からないなら、豆原旭を問い詰める。そう決意して、凪は昇降口へ向かった。
昇降口で待ち構えていると、豆原旭は取り巻きの女の子に囲まれていた。凪は迷わずに輪の中に入って仁王立ちすると、首のあたりを親指で指す。
「豆原旭。ちょっと面貸して」
豆原旭は意外そうな顔をして、それから面白いものを見るようにニヤリと笑いながら見てきた。取り巻きの女の子たちは「ちょっと!旭に馴れ馴れしいんじゃない!?」とお怒りだ。
豆原旭は取り巻きの中でも一番怒っている女の子の唇に人差し指で触れると、「そんなに怒っちゃ可愛い顔がもったいないないよ」と言ってときめかせていた。
既視感のありすぎる光景に、凪は鳥肌がたった。
豆原旭は取り巻きの女の子たちを宥めて先に行かせると、凪の所へ戻ってきた。
「で、話って?」
凪は無言で人目のつかない場所に移動し、率直に切り出した。
「あんた、琴葉に何したの?」
「何って、何も?」
ニヤリとしているようにしか見えない笑顔を浮かべて首を傾げる豆原を見て、凪は頭に血が昇った。
「とぼけないでよ。琴葉の様子が変なの。あんたが来るようになってから」
「ああ、見事に避けられるよね。でも、誓って何もしてないよ」
豆原旭はわざとらしく肩をすくめた。
「・・・・・・信じられると思う?」
「信用ないなあ。ああ、でも、もしかしたら琴葉ちゃんの秘密を知っちゃったかもしれない」
凪は目を見開いた。
豆原旭が、琴葉の秘密を握っている?
「まさかねえ。あの琴葉ちゃんが、あんなものを、ねえ」
思わせぶりな言い方だ。凪は手を強く握り締めた。
ダメダメ、手を出したら負けだ。そう自分に言い聞かせて。
「・・・・・・あんた、どうして琴葉に近づいたの?女の子たち侍らせてるんだし、別に困ってないでしょ」
「あれ、琴葉ちゃんの秘密は気にならないの?」
「逆にあんたは誰にも知られたくないことないの?」
凪だって、琴葉に全部話している訳ではない。お互いに知られたくないことだって、きっとある。
そう返したら、豆原旭は少し目を丸くした後、柔らかく笑った。多分、この人を好いている人が見たら魅了されるような顔で。
「俺、凪ちゃんの考え方好きだわ」
言われた瞬間、体温が急激に下がっていくのが分かった。
「・・・・・・っ気持ち悪いこと言わないで‼︎」
「女の子にそんなこと言われたの初めて」
何故か豆原旭に大笑いされて、今度は怒りで体温が上昇しそうになった。
「質問に答えて。どういうつもりで琴葉に近づいてんの?」
「えー、何でって、気になったから?」
「何でよ」
「う~ん、分かんない」
顔は可愛いとは思うけど、ぶっちゃけ凪ちゃんの方がタイプだし、とさらに気持ち悪いことを追加された。
何か、もう、この人と話すと疲れる。
げんなりしていると、後ろから足音が聞こえた。振り返って見ると、月島理玖が少し目を見開いて立っている。
「あ、ごめん。邪魔しちゃったよね」
凪と豆原旭を見て、何かを誤解したらしい月島理玖が謝ってきた。豆原旭は月島理玖を見てニヤニヤしているし、月島理玖の豆原旭を見る目は何だか険しい。
――面倒だな。
「いや、もう用はないから帰る。あんた、これ以上琴葉を振り回すの止めてよね」
豆原旭に釘だけ刺して、凪は花壇へ向かった。
*****
残された理玖は、豆原を見据えた。豆原は遠ざかっていく萩原凪の後ろ姿をじっと見ている。凪の姿が見えなくなると、こちらを面白そうに見てきた。
「何か、俺に対しては常に王子様じゃないよな」
「別に、元から王子様じゃない」
偶然聞こえてしまった、萩原さんとの会話。
豆原は、天童さんのことを本気で好きなのか?
理玖の目から見ると、天童さんはずっと困っているように見えた。でも、豆原のことを意識しすぎるあまり避けるような態度を取っていたとしたら?
彼女は、豆原のことをどう思っているのだろう。
朝練を終えた萩原凪は、花壇に向かう道中、呼吸を整えながら、ここ最近の琴葉の様子を思い出していた。
やけにぼうっとしている。雑用を頼まれても、ぼうっとしすぎて相手の話を聞いておらず、なぜか相手が引き下がることが続いていた。
極めつけに、豆原旭を見ると目に分かるように怯えている。豆原の姿を遠くに認めると、「凪ぃ~」と言いながら背中に隠れて、逃げるように別の道へ向かう。休み時間になると、豆原を避けるようにトイレに閉じこもるか、凪を連れて屋上に続く階段に逃げ込む。
何があったのか問い詰めても、「え、何でもないよ?」と琴葉は笑う。でも、琴葉の目はしっかり泳いでいた。
月島くんに対しても挙動不審な所はあるけれど、怯えているというよりは恋する乙女の反応みたいだった。琴葉の様子が変なのは、月島くんが原因じゃない。
プレイボーイな兄を持つ凪には分かる。
豆原旭、あいつ、琴葉に何かしやがった。
凪はくるりと方向を変えて、手を握りしめた。琴葉に聞いても分からないなら、豆原旭を問い詰める。そう決意して、凪は昇降口へ向かった。
昇降口で待ち構えていると、豆原旭は取り巻きの女の子に囲まれていた。凪は迷わずに輪の中に入って仁王立ちすると、首のあたりを親指で指す。
「豆原旭。ちょっと面貸して」
豆原旭は意外そうな顔をして、それから面白いものを見るようにニヤリと笑いながら見てきた。取り巻きの女の子たちは「ちょっと!旭に馴れ馴れしいんじゃない!?」とお怒りだ。
豆原旭は取り巻きの中でも一番怒っている女の子の唇に人差し指で触れると、「そんなに怒っちゃ可愛い顔がもったいないないよ」と言ってときめかせていた。
既視感のありすぎる光景に、凪は鳥肌がたった。
豆原旭は取り巻きの女の子たちを宥めて先に行かせると、凪の所へ戻ってきた。
「で、話って?」
凪は無言で人目のつかない場所に移動し、率直に切り出した。
「あんた、琴葉に何したの?」
「何って、何も?」
ニヤリとしているようにしか見えない笑顔を浮かべて首を傾げる豆原を見て、凪は頭に血が昇った。
「とぼけないでよ。琴葉の様子が変なの。あんたが来るようになってから」
「ああ、見事に避けられるよね。でも、誓って何もしてないよ」
豆原旭はわざとらしく肩をすくめた。
「・・・・・・信じられると思う?」
「信用ないなあ。ああ、でも、もしかしたら琴葉ちゃんの秘密を知っちゃったかもしれない」
凪は目を見開いた。
豆原旭が、琴葉の秘密を握っている?
「まさかねえ。あの琴葉ちゃんが、あんなものを、ねえ」
思わせぶりな言い方だ。凪は手を強く握り締めた。
ダメダメ、手を出したら負けだ。そう自分に言い聞かせて。
「・・・・・・あんた、どうして琴葉に近づいたの?女の子たち侍らせてるんだし、別に困ってないでしょ」
「あれ、琴葉ちゃんの秘密は気にならないの?」
「逆にあんたは誰にも知られたくないことないの?」
凪だって、琴葉に全部話している訳ではない。お互いに知られたくないことだって、きっとある。
そう返したら、豆原旭は少し目を丸くした後、柔らかく笑った。多分、この人を好いている人が見たら魅了されるような顔で。
「俺、凪ちゃんの考え方好きだわ」
言われた瞬間、体温が急激に下がっていくのが分かった。
「・・・・・・っ気持ち悪いこと言わないで‼︎」
「女の子にそんなこと言われたの初めて」
何故か豆原旭に大笑いされて、今度は怒りで体温が上昇しそうになった。
「質問に答えて。どういうつもりで琴葉に近づいてんの?」
「えー、何でって、気になったから?」
「何でよ」
「う~ん、分かんない」
顔は可愛いとは思うけど、ぶっちゃけ凪ちゃんの方がタイプだし、とさらに気持ち悪いことを追加された。
何か、もう、この人と話すと疲れる。
げんなりしていると、後ろから足音が聞こえた。振り返って見ると、月島理玖が少し目を見開いて立っている。
「あ、ごめん。邪魔しちゃったよね」
凪と豆原旭を見て、何かを誤解したらしい月島理玖が謝ってきた。豆原旭は月島理玖を見てニヤニヤしているし、月島理玖の豆原旭を見る目は何だか険しい。
――面倒だな。
「いや、もう用はないから帰る。あんた、これ以上琴葉を振り回すの止めてよね」
豆原旭に釘だけ刺して、凪は花壇へ向かった。
*****
残された理玖は、豆原を見据えた。豆原は遠ざかっていく萩原凪の後ろ姿をじっと見ている。凪の姿が見えなくなると、こちらを面白そうに見てきた。
「何か、俺に対しては常に王子様じゃないよな」
「別に、元から王子様じゃない」
偶然聞こえてしまった、萩原さんとの会話。
豆原は、天童さんのことを本気で好きなのか?
理玖の目から見ると、天童さんはずっと困っているように見えた。でも、豆原のことを意識しすぎるあまり避けるような態度を取っていたとしたら?
彼女は、豆原のことをどう思っているのだろう。
