窓の外を流れる景色は、いつしか海から山へと変わっていた。緑深い山々が連なり、その合間を縫うように川が流れている。
それからしばらく車で走ると、旅館にたどり着いた。こぢんまりとしているけれど、木の温もりを感じる落ち着いた佇まいだ。
「ふう、着いたね」
「はい。運転、ありがとうございました」
「うん。琴葉さんもナビありがとうね」
「いえ、大したことはしていないので」
素敵な宿を前に、胸が弾む。ここで、三日間、理玖と過ごすのだ。二人きりで。
「チェックインしに行こう」
「はい」
二人分の荷物を持ってくれた理玖が、振り返って言う。琴葉は、お礼を言って頷いた。
これから、どんな風に過ごすのだろう。二人きりの時間を思うと、そわそわして落ち着かない。大きな期待と、少しの不安を感じながら、琴葉は歩き出した。
「夕食まで時間あるけど、どうする?」
そう尋ねられて、琴葉は少し考えた。ずっと運転してくれていたので、このまま部屋でゆっくり過ごすのもいいだろうし、夕食の前に屋上にある温泉に入ってもいいのかもしれない。
「・・・・・・そういえば、客室露天風呂もあるみたいだけど」
全室に客室露天風呂がある旅館なので、当然、琴葉たちが泊まる部屋にもついている。思わず窓の向こうにある露天風呂をちらりと見た。湯気がもくもくと出ているのが目に入り、慌てて視線を逸らす。
「・・・・・・一緒に入ってみる?」
顔がぼっと熱くなって、手に持っていた館内図を落としてしまった。心臓が飛び出そうなくらい、脈打っている。
「・・・・・・なんてね、冗談だよ」
理玖は笑うと、琴葉が落とした館内図を拾ってくれた。
「はい、どうぞ」
「すみません・・・・・・ありがとうございます」
館内図を受け取ろうとして、指先が触れる。それだけなのに、さっきの言葉を思い出してしまい、心臓が大きく跳ねた。
理玖の方を見ていられなくて、顔を伏せる。すると、理玖の笑う声が聞こえてきた。
「ふふ、まずは大浴場で長旅の疲れを癒しておいで」
「・・・・・・理玖くんも、ゆっくりしてきてくださいね」
「うん」
理玖とは大浴場の入り口の前で別れ、琴葉は女湯の方に足を踏み入れた。さっきの理玖の言葉が頭から離れなくて、ここに来るまで何の話をしていたのか思い出せない。
湯船に浸かり、琴葉は両足を抱えた。温泉に入ったら、夕食を食べて、それで――。
その先をつい想像してしまい、そわそわしてしまう。どんな顔で、どんな風にいればいいのか、全く分からない。
――そういえば、あの時もこんな風に思ってたなあ
初めて理玖の住むマンションに泊まった日、お風呂の中でどうすればいいのか分からなくて足を抱えていた。
分からないまま理玖の所に戻ったら、落ち着きのない琴葉のことも温かく受け止めてくれた。それから、たくさんの時間を一緒に過ごして、理玖がどれほど大切にしてくれているか知った。
当時のことを思い出すと、自然と頬が緩んだ。
あの時から始まった、お互いに触れ合うけれど、一線だけは決して越えない関係。それがもしかしたら、今夜、変わるかもしれない。
胸の奥が、ずっと落ち着かない。期待している自分もいるのに、不安も消えなくて、膝を抱き直した。
