「よし、じゃあ、ハンバーグから作ろうか。焼いてる間に味噌汁とサラダ作ろう」
「分かりました・・・・・・すみません、エプロンを借りして。月島くんの分、なかったんですね」
「ああ、気にしなくていいよ。はじめの頃はちゃんとしてたんだけど、面倒になってクローゼットの奥にしまいこんでたから。 琴葉さん、せっかく可愛い格好してるから、汚れたら大変だしね」
そう言われて、琴葉は少し考えてから口を開いた。今日はずいぶんワガママを聞いてもらっているし、言わない方が良いかもしれないと思ったけれど、どうしても言いたいと思ってしまった。
「今度、自前のエプロンを持ってきて月島くんの家に置いていってもいいですか?」
冷蔵庫から食材を出していた理玖の手が、ふいに止まった。
「こんな風に、過ごすことが当たり前になったらいいな・・・・・・と思ったのですが、おこがましかったですかね」
「そんなことないよ。琴葉さんならいいよ」
この部屋に、琴葉のものは何ひとつない。琴葉のものが理玖の部屋にあって、当たり前のように理玖の日常に溶け込んでいたとしたら――そんな幸せなことはないのではないかと思ってしまったのだ。
場所を取るし、図々しかったかな、と少し不安になったけれど、理玖は即座に肯定してくれた。
「それなら、エプロンとか食器とかお揃いにしない?ウチ専用ってことで」
理玖が持っていた玉ねぎを琴葉に渡しながら言った。
「いいんですか?」
「うん。そういうのも新婚さんみたいで楽しそうだよね」
「・・・・・・新婚さん」
新婚、という言葉に琴葉の胸が一段と跳ねた。そんな琴葉に理玖は優しく笑いかけると、冷蔵庫の扉を閉めた。
「今度一緒に買いに行こう」
「はい!とっても楽しみです」
月島くんとお揃いのものが増える。そうしたら、きっとここに来ることが当たり前になる時がくるのかもしれない。
声を弾ませて理玖の顔を見ると、優しく琴葉を見つめる理玖と目が合い、ドキリとした。
「私、玉ねぎ切りますね」
誤魔化すように玉ねぎを置いてからシンクで手を洗う。すると、琴葉の隣で理玖がかがんで何かを取り出した。
「まな板と包丁はこれ使ってね」
「ありがとうございます」
水で手を洗っていたら、腕まくりをしていた袖が落ちてきてしまった。
水にかかりそうになって慌てていると、理玖が背後から包み込むよう手を伸ばしてくる。理玖の匂いと体温をすぐ側に感じて、息が止まるかと思った。
さっき後ろから抱き締められたことを否応なく思い出して、琴葉の心臓の鼓動がより速くなる。
「よし。これで多分大丈夫だよ」
自分の心臓の音がうるさいくらいに響いているなか、理玖は琴葉の洋服の袖が落ちてこないように、腕まくりをして丁寧に折り曲げてくれた。
「・・・・・・ありがとうございます」
「また落ちてきちゃったら呼んで」
「はい」
理玖は普段から料理をしているだけあって、無駄のない動きで、次々と準備を進めていく。琴葉が玉ねぎを切っている間に、ハンバーグに必要なひき肉や卵、パン粉などを用意しながらフライパンまで温めてくれた。思わず見蕩れてしまうほど、手際が良い。
「どうしたの?」
「あ、いえ・・・・・・手際が良いなあ、と思いまして」
「大したことないよ」
「大したことありますよ!私は週末くらいしか作ってないので、もっと頑張らないといけませんね」
「そう?琴葉さんもみじん切り上手いよ」
「・・・・・・ありがとうございます」
大したことはしていないのに、褒めてくれる理玖に心がじんわりと温かくなる。
みじん切りを終えると、理玖が温めてくれていたフライパンに入れて飴色になるまで炒める。粗熱を取っている間にふたりでレタスをちぎってサラダを作った。
琴葉は理玖の分のハンバーグを形成して、理玖は琴葉の分を形成することになった。ひとつだけ形をハートにしたら「可愛いね」と言われて顔が熱くなった。
「琴葉さん」
琴葉が冷蔵庫の中にあった、にんじんと卵を使ってにんじんしりしりを作っていると、隣で味噌汁を作っている理玖に呼ばれた。
「はい」
にんじんを炒めている手を止めて隣を見上げる。
「はい、あーん」
理玖はスプーンを琴葉に差し出している。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
琴葉が恐る恐る口を開くと、理玖がスプーンを口の中に入れてくれた。
口の中に出汁のよく効いた味噌汁が広がった。とても美味しくて、感動のあまり口に手を当てて理玖を見る。
「味どう?濃くない?」
「すっごく美味しいです!」
「ふふ、よかった」
理玖は目を細めて笑った。また高く音が鳴ったけれど、琴葉も笑い返して、フライパンの中に調味料を入れていく。
「月島くん、料理上手ですね」
「そう?そんなことないと思うけど、琴葉さんにそう言われるのは嬉しい」
「昔からよく料理してたんですか?」
「あ~姉さんに鍛えられたからかも」
「美玖さんに?」
首を傾げる琴葉に、理玖は微苦笑しながら教えてくれた。
「バレンタインは友チョコ配るから作るの手伝えって駆り出されて、彼氏ができたら手料理を振る舞いたいから作るの手伝えって駆り出されてたからね」
いや~、大変だった。一週間みっちり付き合わされて。
嘆くように言う理玖に、申し訳ないとは思いつつ、琴葉は笑いを堪えられなかった。琴葉にも姉弟がいたら、こんな風に振り回されていたのかもしれないし、振り回す立場だったのかもしれない。
「そうだったんですね」
「姉さん、正直あんまり料理上手くなくてさ。ほとんど俺が作ってたんだ。まあ、それが今に活きてるから結果オーライなのかな?」
手のひらの上で豆腐を切り分けて味噌汁の鍋に入れた理玖が、火を止めた。
琴葉もちょうど味つけが終わり、火を止める。
少し迷って、フライパンの中のにんじんしりしりに目を落とす。
――言ってみてもいいのかな。少し怖いけど、言ってみたい。
琴葉は意を決して口を開いた。
「月島くん」
「どうしたの?」
微笑みながら琴葉の方を見た理玖に、できたばかりのにんじんしりしりを菜箸で掴んで運んだ。
「……っ、あーん」
声が詰まって、思ったよりも小さな声になってしまう。
目を丸くしていた理玖が「ふふ」と軽く笑うと、嬉しそうな顔で口を開いた。
緊張でわずかに手が震えながら、理玖の口ににんじんしりしりを運ぶ。
「どうでしょうか?」
口に含んでゆっくり味わっていた理玖の瞳が、キラキラと輝いた。
「美味しい!めっちゃ美味しい」
本当に美味しそうな顔をしながら理玖が言うので、琴葉はほっと胸を撫で下ろした。
「家にあるものだけでこういうの作れるんだ。琴葉さん、料理上手だったんだね」
「喜んでもらえたようで嬉しいです。あとでたくさん食べてくださいね」
「もちろん!ありがとう」
ニコニコ笑う理玖に、琴葉もつられて笑顔を浮かべる。
ずっとしてみたいと思っていたことが叶った。こんなに喜んでくれて、美味しいと言ってくれた。
――幸せだなあ
琴葉がそう噛み締めていると、理玖と目が合い、二人で笑い合った。
