清く正しく美しく

 綺麗な手だったなぁ。



 琴葉はそんなことを考えながら花壇に水をやっていた。



 月島理玖くん。
 同じクラスの男の子で、女の子は「カッコいい」とよく目を輝かせているのを見る。優しくて、さらっと手助けをしてくれて、それがスマートで。勉強も運動も、何でもできる凄い人。風の噂で月島くんのファンクラブがあると聞いたこともある。



 多分、昨日読んだ本でいう「理想的な人」は月島くんみたいな人のことだ。



 そんな人の手で、心も身体も翻弄されたとしたら――そこまで考えて、琴葉は頭を左右にぶんぶん振った。



 朝から何を考えていたの!破廉恥な!しかもクラスメイトを相手に!



――こんなこと、考えていいはずがないのに。

 

「あ、琴葉、やっぱりここにいた」



 頭を振って妄想を追いやると、ジャージ姿の凪が声をかけてきた。部活の朝練終わりだったようで、首にタオルを巻いている。肩より上で切り揃えているショートの髪が風で揺れて、綺麗だな、と思った。



「おはよう、凪。朝練お疲れさま」




「琴葉もね。雑用なんて全部引き受けなくてもいいんだよ」




「好きでやってるからいいの」




 花に水をあげると、太陽の光や朝の空気を反射して美しい情景が見られるし、風も気持ちいい。こんなに綺麗なものを見られるのは特権だとすら思っている。



 笑いながら琴葉が言うと、凪は眉根を寄せた。すぐに呆れたように笑って「手伝う」と水道の方へ向かう。




「大丈夫だよ、凪は着替えて来なよ」




「朝練早めに終わったからいいの!早く終わらせて戻るよ」



 凪はいつもそう。琴葉が進んで雑用を引き受けるのを「誰かに利用されているんじゃないか」って心配してくれる。呆れながら、琴葉を手助けしてくれる。



 凪と並んで花壇に水をやっていると、始業の時間まであまり時間がなくなってしまった。凪は「先に行って着替えてくる」と校舎の方へ走って行き、琴葉は後片付けを済ませてから校舎に向かった。




歩きながら、思い出すのは理玖の手だった。

 

 私が毎朝、雑用をしていることに気づいてくれていた。凪しか気づいていないと思っていたのに。




 胸が微かに痛むような、ふわふわするような、変な感じがする。どうしてこうなるのか、よく分からない。



「・・・・・・だめだめ」



 小さく首を振る。




 相手はクラスメイトで、学校一の人気者。きっと誰にでも同じように優しいだけだ。昨日読んだ小説を現実に重ねるなんて、どうかしている。




 琴葉は教室へ向かいながら、制服のボタンを指先で確かめた。一番上まで、きちんと留まっている。




 清く、正しく、美しく。
そうしていれば、誰にもおかしいとは思われない。