初めて入った理玖の部屋は、広々としていた。リビングに大きなテレビとソファがある。家具と家電は最低限のものしか揃えていないようだったけれど、どれも手入れが行き届いていて高級感に溢れていた。
「何もないけど。ゆっくりしていって」
そう言ってキッチンの方へ行こうとした理玖を、琴葉は後ろから抱きついて止める。ドキドキしすぎて胸がキリキリしてきた。
「・・・・・・琴葉さん?どうしたの」
理玖の、戸惑っているような、何かを必死に抑え込んでいるような声が聞こえる。それでも、琴葉は夢中になって理玖に抱きついた。
ああ、もう、何もかもままならない。豆原さんに「押し倒しちゃえ」と言われたけれど、力の差があって琴葉には押し倒せそうにない。だからこうして、しがみつくことしかできない。
「・・・・・・琴葉さん、それは」
理玖が何か呟いた。でも、必死に抱きつく琴葉の耳には入って来なかった。
琴葉の手の上に理玖の手が重なった。優しく撫でられたと思ったら、ゆっくり解かれる。
――嫌だってことなのかな。
琴葉が不安になった時、理玖が振り返って琴葉を両腕で包み込んだ。耳が理玖の胸の辺りに当たって、心臓の音が聞こえる。琴葉と同じくらい、早い鼓動だった。
琴葉が月島くんの背中に手を回してぎゅっと抱きつくと、月島くんが上半身だけ身を引いて、両手で琴葉の頬を包み込む。端正な顔がゆっくり近づいて来て、琴葉は目を瞑った。
心臓が強く飛び跳ねていて、痛い。でも、期待に胸を踊らせる。
しばらくしても、何も起きなかった。
琴葉が目を開けそうになった途端、唇の端に柔らかい感触がしたと思ったら、理玖が離れていってしまった。
そのまま琴葉から背いて、キッチンの方へ行ってしまう。
「何か飲む?紅茶くらいしかないけど」
理玖の声は少し掠れていた。
――ああ、またダメだった。勇気を出して月島くんに飛び込んで行ったのに、結果はいつもと変わらない。
「・・・・・・琴葉さん?」
理玖が、焦ったような声を出して、琴葉の顔を覗き込んできた。
「どうして泣いてるの?」
「え・・・・・・?」
間近に迫った理玖の顔が滲んでいることに気づいた。手を顔に当てたら、濡れている。
琴葉が状況を理解できずに戸惑っていると、優しく抱き締められた。
「ごめん。怖がらせちゃったね」
理玖は、琴葉の頭を優しく撫でる。
琴葉が泣いている理由を、理玖はさっきのキス未遂が怖かったからだと思ったらしい。
違いますよ、月島くん。私が泣いてるのは、怖かったんじゃなくて、交わされたからです。
そう思ったのに、声がのどの奥に支えて上手く言葉にできなかった。
「・・・・・・私って、そんなに魅力ないですか?」
「え?」
「月島くんが、お付き合いする時に言ってくれた言葉を守ってくれているのは分かってます。でも、それが・・・・・・寂しいと思ってしまうんです。私は、月島くんにもっと触れたいし、月島くんにも・・・・・・触れてほしい」
琴葉はぎゅっと目を瞑った。弾みで涙が頬を伝う。
ついに言ってしまった。心の中で思っていたことを全て。
「・・・・・・魅力がないわけないでしょ」
琴葉の背中に回っている手に、力が込められる。全身に理玖の細いけれど程よくついている筋肉と、良い匂いが広がっていった。
「いいの?そんなこと言われたら、止められる自信ないけど」
耳元で低く囁かれる。理玖の吐息を感じて、思わず身体が反応してしまった。それでも琴葉が小さく頷くと、理玖の腕が緩んだ。
右手は琴葉の背中に回したまま、左手が頬に添えられた。少し顔をあげさせられて――獲物を前にした猛獣のような、欲望を宿した瞳と目が合う。
その瞳を吸い込まれるように見ていると、長い睫毛に影がかかって、やがて見えなくなった。理玖の綺麗な顔が目の前に広がって、琴葉も目を瞑る。
そして――ゆっくりと、唇が重なった。
