あの時、月島くんは「大事にする」と言ってくれた。
すごく嬉しくて、緩む顔を必死に隠した。
だけど、今はその言葉が少しだけ苦しい。
「じゃあ、琴葉さん。ゆっくり休んでね」
「・・・・・・はい。月島くんも」
今日もダメだった。内心落ち込みながら、「送ってくれてありがとうございます」と言って琴葉は自宅に入ろうと理玖に背を向けた。
「あ、忘れ物」
理玖の声が聞こえたと思ったら、手を優しく引かれて理玖の腕の中に閉じ込められた。大きな身体と温もりを全身で感じたくて、琴葉は目を閉じた。
理玖の顔が近づいてくる気配がして、少しだけ期待する。でも、理玖の唇は琴葉の頬に一瞬触れるだけだった。
同時にパッと身体を離されて、温もりが遠ざかっていってしまう。寂しさを覚えていると、優しく「またね」と笑いかけられた。
琴葉も「また今度」と声をかけて頭を下げると、玄関に足を踏み入れた。振り返ってドアの隙間から理玖を覗くと、手を振られた。
「寒いから、入って」
「いえ、見送ります」
「じゃあ、せーのでお互い行こう」
デート終わりの恒例のやり取りだ。初めてやった時は、「せーの」の掛け声で一度中に入るふりをして振り返ったら、理玖もこっちを見ていて、「これじゃあキリないね」とお互いに笑った。
その後、少しだけ近所を一緒に散歩して、掛け声の通りにお互いきちんとしよう、決めた。
「おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
理玖の「せーの」と言う声に合わせて琴葉は玄関の扉を閉めた。すぐに2階にある自室に駆け込み、窓を開ける。駅の方へ向かって歩き出す理玖の後ろ姿が見えた。
掛け声に合わせてきちんとする、と決めたけれど、多分、月島くんは琴葉が玄関を閉めてまた戻って来ないことを確認してから歩き出している。そうでなければ、琴葉がこの後ろ姿を見られない。
お付き合いをすることになってから、随分長い月日が流れた。
現在、琴葉と理玖は違う大学へ通っている。利便性の点から理玖は一人暮らしをしていて、琴葉は変わらずに暮らしていた。
週に何度か講義終わりにデートをして、夕食をとったら自宅まで送ってくれる。理玖の一人暮らしの部屋に、足を踏み入れたことは一度もない。
あの時言ってくれたみたいに、理玖は琴葉を大切にしてくれている。言葉でも、行動でも。
でも、心のどこかで物足りないと思ってしまう。
当たり前のように手を繋いで歩くし、別れ際は抱きしめてくれる。頬にキスはしてくれても、口には一度もしてくれないことが、すごく寂しい。
月島くんにもっと触れたい。もっと欲しい。そう思ってしまう私は、おかしいのだろうか。
