キミに恋したので地球侵略は延期します!


「ギュルルルルルルル~~ッ!!!」

​ 裏山の静寂を切り裂いたのは、地鳴りのようなおなかの音だった。  
「ええっ?」
 わたしはあ然とした。
 今、誰のおなかが鳴ったの?​ わたしじゃないよ。いくらおっちょこちょいのわたしでも自分のおなかが鳴ったかどうかくらいはわかるもん。
 ということは! 
「銀河帝国」とか「侵略」とか物騒なセリフ言いながら「カナタ」と名乗ってきた男の子を、キツネにつままれた思いで見つめた。
 まさか……。
 みるみるうちに、彼の頬が夕日よりも真っ赤に染まっていく。
​「くっ、エネルギー切れか。地球の重力は、おれさまの燃費を狂わせるようだ……」
​ わたしの視線をさけるように片手をおなかに当てて、彼はガクッとヒザを折った。さっきまでの威圧感はどこへやら、今にも空腹で倒れそうな王子さまだ。
 彼のようすを見て確信した。あの大きな音はやっぱり、おなかの虫の音だったんだね。おなかが空いているんだったら、素直にそういえばそういいのに。地球の重力のせいなんかにしちゃって、この子、けっこう意地っ張りだなあ。
 そのとき思いだした。ランドセルのなかにツナマヨおにぎりが入っていることに。
 でも、宇宙人におにぎりを食べさせてもだいじょうぶかな? と迷ってしまった。
 まいっか! 相手は宇宙人なんだし。わざわざ地球に来るくらいだ。腹痛の薬くらい持ってきているでしょう。わたしもバスの遠足のときは、酔い止めの薬を用意しているしね。
 そう判断をくだしてから、
​「あ、あの、カナタ……くん?」
 恐る恐る声をかけてみると。
「第三惑星のサルめ。笑いたければ笑え」
 彼は憎々しげにわたしをにらんできた。
「くそっ、私の計画が……(ギュルルル~)」
​ また鳴った。もう、なんだか見ていられないよ。
「ちょっと待ってて。いいものあげるから」
 わたしがランドセルをおろすと、彼はビクッとした。そして、サッと身がまえる。
「命令もなしに勝手に動くな!」
「だって、おなかが空いているんでしょう? 何もしないって約束できるなら、おいしいものあげる」
「おいしいもの? なんだ?」
 彼の目がパチクリとひらいた。ふふ、興味を持ったみたい。
「ジャジャーン!」
 わたしは、ランドセルのなかにあったおにぎりを取りだした。
「はい、これ。食べてみなよ」
「おおー!」
 差しだされたおにぎりを見たとたん、カナタくんはサファイヤみたいな瞳を輝かせた……かと思ったら、いぶかしむような視線を向けてきた。
​「きさま、これはなんだ。爆弾か? 毒物か? わたしの生命反応を消去しようというのか! この暗殺者(アサシン)め!」
 ええー!!
「ねえ、よく見てよっ。食べ物だよ、おにぎりだよ! ツナマヨが入ってるの。爆弾なんかじゃないってば!」
「ツナ、マヨ……? 聞いたことのない未知の物質だ(ギュルルル)」
 こうして会話をしているあいだでも、彼のおなかの音は鳴りやまない。
「んんー、しょうがないなあ」
 わたしはおにぎりのラップを少しはがして、ちょっとだけかじった。もぐもぐと口を動かし、
「あー、おいしい!」
 ニッコリ笑う。
 すると、彼ののどがゴクンと動くのが見えた。
​「毒なんて入ってないから、一口だけでも食べてみなよ。きっと元気がでるよ」
「…………チッ。そこまで言うなら、食べてやる。近くまで来い」
「そっちから来ればいいのに」
 世話がかかるなあと思いながら、わたしは彼に近づいた。そして、「あーん」とあけた彼の口におにぎりを突っこむ。
 パクリ。
 その瞬間、カナタくんのは時間が止まったみたいに動かなくなった。
「ウソ! だいじょうぶ!?」
 もしかして食べさせたらダメなヤツだった!?
 不安になったそのとき、
「う、うまああああああいッ!!!」​ 
 彼が突然、天を仰いでさけんだんだ!
​「な、なんだこれは……! 絶妙な塩気が細胞を活性化させる……! わがルミナスの『高エネルギー固形燃料』より、数億倍うまい……!」​
「そ、それはよかったね……」
 はあー、びっくりした! 
「ぜんぶよこせ!」
 彼はわたしの手からおにぎりを奪いとると、ラップごとむしゃむしゃと食べだした。
「わっ、ダメ! ラップは食べられないよ! ちょ、食べちゃダメ!!」

   ※

 不格好な形だし、冷めて固くなっちゃってるし。わたしのおにぎりは、とてもお店に置けるレベルではない。
 それでもカナタくんは、最後のひと粒までごはん粒を指でとって、ていねいに食べてくれた。
 おにぎり気に入ってくれたみたい。よかった。
 わたしがニコニコしていると、カナタくんはハッとし、また顔を赤らめた。
「ち、地球人よ、きさまの名は……!?」
 えっ。さっき名乗ったばかりなのに。
 そういえば、『おまえの名など聞いてない』って言ってたっけ。
 さては、わたしのこと地球人だからってスルーしたんだな。失礼しちゃうよ。
「星野ひより、だけど?」
 少し腹を立てぎみに答えると、カナタくんはとつぜん片足のひざを地面につけてひざまづく。
 わわっ、いきなり何?
 何がはじまるの!?
 彼はわたしの右手をとって見上げた。
「ひより、おれさまの妃になってくれ!」
「きさき……?」
 って、なんだろう?
 耳慣れないその言葉にピンとこなかった。
 首をかしげていたら、カナタくんもそれを察したらしい。
「ああ、そうだ。ルミナス銀河帝国、第三王子の花嫁だ!」
 って言いなおしたんだ。
「はあ〜!? はなよめ!? って、花嫁!?」
 ウソ、冗談でしょ!
 わたしはあわてて、カナタくんの手を振りはらった。
「ちょっと待ってよ! そんな冗談、ちっとも笑えないよ……!」
 だって花嫁になるってことは、結婚するってことでしょ?
 わたし、まだ子どもだよ! カナタくんだって、どう見ても子どもだし!
「冗談ではない!」
 カナタくんは立ち上がり、今度はわたしの腰に手をやって抱きよせた。
「おれさまは、このおにぎりという地球の食べ物が気に入ったのだ! こんな未知の物質が存在する地球を滅ぼすのはもったいない! そして、おまえのことも気に入った! だから地球侵略は延期する! 喜べ!」
「ええええええ!?」
 混乱する頭のかたすみに、ひとつの考えが浮かびあがってきた。
 ひょっとして、ひょっとするとだよ。もしかして、ここで「うん」と言わなかったら、地球が侵略されちゃうんじゃ……?
 ええー、まさか!
「あのう、つかぬことをおたずねしますが……」
 わたしは信じられない思いで口をひらいた。
「ん? なんだ?」
「もし、断ったらどうするの?」
 わたしはギクリとした。
 カナタくんが不適にほほ笑んだからだった。
「むろん――」
​「そこまでです、殿下ッ!!」
 近くの茂みをかきわけて、すさまじい勢いで人影が飛びだしてくる!
 あ然とするわたしとカナタくんの前にあらわれたのは、ピッカピカの軍服を着た、背の高いガッシリした男のひとだった。
 その手にはなぜか、スーパーの名前が入った袋がぶら下がっている。
「なんとハレンチな! 婦人にそのような……! わたくしはそのようにお育てした覚えはありませんぞぉ~!!」
「ちっ」
 カナタくんは、わたしの体から手を離してくれた。
​「ヴェガ! 遅いぞ。きさま、どこで油を売っていた!」
「申し訳ありません、殿下! 着陸地点の近くで『夕方のタイムセール』という名の、地球人の生存競争(バトル)に巻き込まれておりました!」
​ ヴェガと呼ばれたその人は、袋の中から「三割引き」のシールが貼られたコロッケを取りだした。
​「な、なんなの……?」
 カナタくんはコロッケを興味しんしんに見ていたけれど、
「ひより、紹介しよう。ヴェガ将軍だ」
 と言いながら、わたしをふり向く。
「ヴェガ、この地球人の少女は、おれさまの妃だ。失礼のないようにしろ」
「なんと……! そういうわけでございましたか!! お初にお目にかかります、妃殿下! わたくしは銀河帝国ルミナス第一近衛師団長、ヴェガと申します!」
​ ヴェガ将軍が直角に腰を曲げてお辞儀をしたので、手に持ったスーパーの袋がガサガサ鳴った。
 わたしはハッとした。
​「妃って、勝手に決めないで!」
 ガオー! とコブシをふりあげる。
 すると、ヴェガ将軍は目を見ひらいた。
「妃殿下がお怒りになってますぞ。もしや、むりやり……!」
「うるさい、だまれ」
「はっ!」
 ヴェガ将軍はビシッと姿勢を正すと、話題を変えた。
「殿下、お聞きください。この星の文明は未熟ですが、『半額弁当』という文化は宇宙の知性に匹敵するすばらしさですぞ!」
「ほう、おにぎり以外にもエネルギー源があるというのか。なかなか興味深い。だが、現状を把握するまで、秘密裏に動く必要があるな」
「しかし、問題なのはどこを拠点にするかです。船は壊れてしまいました。生命活動を維持できるほどのエネルギーもなく……」
「ふむ、その件に関しては考えがある」
 カナタくんはわたしをジッと見つめてきた。ヴェガ将軍も同じように、わたしを見つめてくる。
「え、えーと、何……?」
 わたしの平凡な人生がガラガラとくずれていく音が聞こえたような気がした。