クラスのなかで、トクベツ目立つわけじゃない。
かけっこが速いわけでも、勉強がバツグンにできるわけでも、もちろん最高にかわいくて人気者、でもない。
ただ、毎日ふつうに学校に行って、なかよしのそらちゃんと楽しくおしゃべりかなんかして。
放課後は塾でノートをとったり、小テストを受けたりして、そのあとは家に帰って、お母さんのごはんを食べて、お風呂に入って寝る。
そして、また朝がやってくる。
このごろ毎日そんな感じ。
それが、わたし。本当にどこにでもいる、ごくごくふつうの小学六年生の女の子。
星野ひよりです。
趣味は、おにぎりを作ること。特技は、三角フォルムが美しい(って勝手に思ってる)おにぎりを握れちゃうこと。
たまに、塩と砂糖をまちがえるという失敗をしちゃうけど。
この日もふつうの日常がやってくると思ってたんだ――。
一階のキッチンから、お母さんの元気すぎる声が響く。
「ひよりー! 時間! もうとっくに八時すぎてるわよー!!」
「あっ、はーい! わかってる、いま行く!」
わたしはあわてて部屋を出て、階段を駆けおりた。
けど、バタバタと玄関に向かう廊下の途中で、足がもつれて派手に転びそうになっちゃった!
「わっ!」
なんとか靴箱に手をついてセーフ。ふぅ、あぶない、あぶない。
あー、ケガしないでよかった。靴をはいていたら、お母さんが店舗のキッチンから出てきた。
「だいじょうぶだった? 店までドタドタって聞こえたわよ」
お母さんは救急箱まで用意して、胸に抱えていた。ひざこぞうをすりむいたんじゃないかって心配したんだろうな。この程度のこと、いつものことだから。
わたしは笑ってごまかした。
「それよりお店は? ほっといていいの?」
うちは和洋中のおかずやお弁当を作って売るお店をやっている。だから、わが家の朝はいつも早くていそがしい。出勤前の大人や通学時に寄る高校生、朝の散歩中のひとたちがたくさん来るんだ。
「今日はだいじょうぶ。ひと息ついたところだから。これ、塾で食べるんでしょう?」
お母さんから手渡されたのは、わたしが自分用に握った不格好なツナマヨおにぎりの包みだった。
「忘れちゃダメじゃない。おなかすくわよ」
「ありがとう」
ランドセルを下ろし、おにぎりをしまう。
そのとき、靴箱のとびらについている鏡に、自分の姿がうつった。寝癖がちょっとだけ残った前髪に、平凡なTシャツ姿の地味な女の子。
「ねえ、お母さん。ちょっと聞いていい?」
ランドセルを背負いながら口にした。
「なあに? あらたまった言い方なんかして」
「うん、あのさあ。わたしにもいつか、少女マンガみたいな『運命のひと』に出会えると思う? お母さんはどう思う?」
「ええっ? どうしたの、とつぜん」
お母さんの目がパチクリした。
「だって、お母さんの運命のひとはお父さんでしょ? 結婚して、わたしが生まれたんだし」
「んー、まあ、そういうことになるかしら」
お母さんは照れくさそうに笑った。
「こないだ見たアニメみたいに、空から降ってきたりしないかなあ。お父さんもそうなの? お母さんのところに落っこちてきた?」
「まあ、この子ったら。まだ夢を見てるの? のんびりおしゃべりしてないで、早く学校に行きなさい!」
背中をパシッと軽くたたかれて、わたしはハッと目覚めた。あっ、学校!
「いってきまーす!」と外へ飛び出す。「車に気をつけるのよー!」とお母さんの声がうしろから追いかけてきた。
五月の風は心地よくて、空は吸い込まれそうなくらい真っ青だった。太陽もまぶしい。
学校を目指して走っていったら、横断歩道で信号が変わるのを待っている女の子が見えた。クラスでいちばん仲よしの上田そらちゃんだ。
「そらちゃん、おはよー!」
駆けていって、となりに並んだら、そらちゃんがこっちを向いた。ポニーテールの毛先が弾んで揺れる。
「おはよー、ひよちゃん。ていうか、おそ!」
「うん、今日はやばかった。目覚ましだけ止めて、二度寝しちゃったもん」
「えー、それはやばい!」
おしゃべりをしているあいだに信号が青になる。わたしたちは横断歩道を渡った。
いつもの朝、いつもの通学路、いつもの学校。わたしの一日はいつもこんな感じ。
でも、このときのわたしは、まだ知らなかったんだ。
数時間後、運命の王子様が本当に空からやってくるなんて――。


