洛陽夜曲

「いい加減にせぇっ」

京司の喉から放たれた言葉は、研ぎ澄まされた刃のように鋭く、
そして濡れた鉄のように重くその場に突き刺さった。


「組の問題や。お前が口出す事やない。わきまえや」

「で、でも……」


梨花の唇が小さく震える。突如として目の前に現れた鈴華という存在が、
彼女の足下を底なしの沼のように揺るがしていた。
しかし、京司の冷徹な眼差しのなかに、
もはや狼狽える梨花の姿は映っていない。
彼の視線はただ、まっすぐに鈴華だけを射抜いていた。


「わかった。なら話、聞こか」


京司の声音から、ふっと険が消える。
彼は鈴華の華奢な背にそっと掌を添えた。
その手のひらの熱を伝えるようにして、二人は静かに歩みを進め始める。
残された梨花の立ち尽くす影を、冷ややかな夜気が包み込んでいった。


「ごめんなさい。邪魔をするつもりは……」

「……君には俺が楽しげに時を潰しているように、見えたんか?」


低く、温度のない声が返ってきた。
鈴華は喉の奥が凍りついたように言葉を失う。
京司はその気まずい沈黙を、吐き出す煙のように無造作に振り払う。


「それで、話というのは?」

「……山城若頭補佐の件です」


その名が告げられた瞬間、辺りの空気が目に見えて変わった。


「なんで君が山城のことを……」

問い詰める京司の視線を真っ向から受け止め、鈴華は声を潜めて言った。
「山城補佐は今、六穣会のシマに潜伏しています。裏の医者の元です」

「……生きてたか、山城」


京司の口から、張り詰めていた糸が切れたような安堵の溜息が漏れる。
だが、すぐに怪訝そうに眉をひそめた。


「だが、なんであいつは、わざわざ大阪の地に潜伏しとるんや?」

「……九条組から、命を狙われているからです」


鈴華のその一言が、室内の空気を一瞬で氷結させた。
京司の顔からさっきまでの安堵が綺麗に消え失せ、
ナイフのように鋭く、険しい表情へと一変した。


「そんな事あるはずないやろっ!」


京司の怒号が、狭い部屋の空気を震わせた。
彼は鈴華の華奢な肩を、骨がきしむほど強く掴み、その顔を覗き込む。
狂気すら孕んだその瞳は、何か縋るべき嘘を求めているようでもあった。

しかし、対峙する鈴華の瞳には、冷徹なまでの静寂が宿っていた。
取り乱す男を前に、彼女はただ、
残酷なまでに無色透明な真実だけを口にする。


「事実です。……連絡を断ったのも、組の人間の中で信用に足るのは若頭、
あなただけだからだ……と、そうおっしゃっていました」

「じゃあ、なぜ俺に直接、音信をよこさんのや⁉」


言葉にできない焦燥感が、京司の声を低く歪ませる。
鈴華は一瞬だけ、躊躇うように睫毛を伏せたが、
すぐに覚悟を決めた目を向けた。


「……周囲を、監視されている可能性があります」

「監視……?」

その言葉が、京司の脳裏に冷や水を浴びせる。
己を縛る見えない網の存在を感じ、彼は愕然と呟いた。


「若頭であるこの俺を、監視しているとでも言うんか……⁉」