鈴華のまっすぐな視線の奥に、京司という男と積み上げてきた、
誰にも踏み込めない絆を見た。
山城はその揺るぎない光に圧されるようにして、一度視線を落とした。
部屋を支配する重苦しい沈黙。壁の時計が刻む音さえもが、
今の彼にはひどく残酷な催促に聞こえた。
やがて山城は、喉の奥に固まった言葉を絞り出すようにして口を開いた。
「許……悪いが、鈴華さんと二人だけで話をさせてくれ」
許は何も言わなかった。
山城の声色に含まれた、後戻りのできない覚悟を察したのだろう。
彼は背を向けたまま、ひらひらと一度だけ手を振ると、
静かにドアを閉めて去っていった。
その荒廃した空間を“病院”と呼ぶには、あまりに不釣り合いな空間だった。
湿った沈黙の漂う待合室で、許は骨董品じみた椅子の軋みに身を預け、
安煙草の紫煙を吐き出している。
「ここが禁煙だという言葉は、貴様の耳を素通りして消えるのか?」
奥から現れた医者は、手入れの行き届かない無精髭を
いまいましげに撫でつけ、濁った眼光で彼を射抜いた。
しかし、許は薄汚れ、変色した天井を見上げたまま、鼻で笑って応える。
「へっ、笑わせるな。命のやり取りを値切るような闇医者の門を叩く連中が、今更毒煙ごときに気にするかよ」
吐き捨てられた言葉は、
肺から漏れ出た灰色の煙とともに淀んだ空気の中へ溶けていく。
彼は挑発するように、さらに深く、指先の火種を燃え上がらせた。
「鈴華を頼っちまったのは、間違いだったかもしれない……」
許の胸を去来したのは、苦い後悔だった。
鈴華という女は、己の身を削ってでも他者の重荷を独りで引き受けてしまう、危ういほどの潔癖さを持っている。
それを知りながら、
裏社会という濁流に身を置く知己が他にいないという身勝手な理屈で、
彼女をこの深淵へと誘い入れてしまった。
自嘲の念が、じわりと毒のように腹の底に広がる。差し伸べたはずの手が、
彼女を泥濘へと引きずり込む共犯者の手に見えて仕方がなかった。
許は、己の無力さと狡猾さが綯い交ぜになったその感情に、
激しい嫌悪を覚えていた。
山城の病室から鈴華が姿を現した瞬間、許は弾かれたように立ち上がった。その双眸に宿る焦燥をなだめるように、鈴華は静謐な声を響かせる。
「山城さんのことは、もう案じなくていいわ。
九条組との橋渡しは、私が引き受けるから」
「……あいつは、大丈夫なのか」
許の絞り出すような問いに対し、
鈴華はただ、儚い微笑を湛えた。
「六穣会のシマに身を置く限り、彼の身の安全は私が保証するわ」
鈴華の唇から、山城と交わした言葉の断片が溢れることはなかった。
そして許もまた、その沈黙の境界線に踏み込むことはしなかった。
裏社会には足を踏み入れない。それがこの街で安全に生きていく
唯一のルールである事を許は誰よりも理解していた。
誰にも踏み込めない絆を見た。
山城はその揺るぎない光に圧されるようにして、一度視線を落とした。
部屋を支配する重苦しい沈黙。壁の時計が刻む音さえもが、
今の彼にはひどく残酷な催促に聞こえた。
やがて山城は、喉の奥に固まった言葉を絞り出すようにして口を開いた。
「許……悪いが、鈴華さんと二人だけで話をさせてくれ」
許は何も言わなかった。
山城の声色に含まれた、後戻りのできない覚悟を察したのだろう。
彼は背を向けたまま、ひらひらと一度だけ手を振ると、
静かにドアを閉めて去っていった。
その荒廃した空間を“病院”と呼ぶには、あまりに不釣り合いな空間だった。
湿った沈黙の漂う待合室で、許は骨董品じみた椅子の軋みに身を預け、
安煙草の紫煙を吐き出している。
「ここが禁煙だという言葉は、貴様の耳を素通りして消えるのか?」
奥から現れた医者は、手入れの行き届かない無精髭を
いまいましげに撫でつけ、濁った眼光で彼を射抜いた。
しかし、許は薄汚れ、変色した天井を見上げたまま、鼻で笑って応える。
「へっ、笑わせるな。命のやり取りを値切るような闇医者の門を叩く連中が、今更毒煙ごときに気にするかよ」
吐き捨てられた言葉は、
肺から漏れ出た灰色の煙とともに淀んだ空気の中へ溶けていく。
彼は挑発するように、さらに深く、指先の火種を燃え上がらせた。
「鈴華を頼っちまったのは、間違いだったかもしれない……」
許の胸を去来したのは、苦い後悔だった。
鈴華という女は、己の身を削ってでも他者の重荷を独りで引き受けてしまう、危ういほどの潔癖さを持っている。
それを知りながら、
裏社会という濁流に身を置く知己が他にいないという身勝手な理屈で、
彼女をこの深淵へと誘い入れてしまった。
自嘲の念が、じわりと毒のように腹の底に広がる。差し伸べたはずの手が、
彼女を泥濘へと引きずり込む共犯者の手に見えて仕方がなかった。
許は、己の無力さと狡猾さが綯い交ぜになったその感情に、
激しい嫌悪を覚えていた。
山城の病室から鈴華が姿を現した瞬間、許は弾かれたように立ち上がった。その双眸に宿る焦燥をなだめるように、鈴華は静謐な声を響かせる。
「山城さんのことは、もう案じなくていいわ。
九条組との橋渡しは、私が引き受けるから」
「……あいつは、大丈夫なのか」
許の絞り出すような問いに対し、
鈴華はただ、儚い微笑を湛えた。
「六穣会のシマに身を置く限り、彼の身の安全は私が保証するわ」
鈴華の唇から、山城と交わした言葉の断片が溢れることはなかった。
そして許もまた、その沈黙の境界線に踏み込むことはしなかった。
裏社会には足を踏み入れない。それがこの街で安全に生きていく
唯一のルールである事を許は誰よりも理解していた。
