†鑑査委員制度†



ただし、彼は俺から見てもまだ荒削りなのである。人の心を揺さぶる演奏が出来る。誰にでもできるものではない。しかし演奏の合間に時として危うさが垣間見られる。


ミスタッチこそしないが、テンポの速度や強弱にふと未熟さが滲む。しかしそれを指摘するには興醒めなほど、武藤先輩の紡ぐ音の一つ一つにメーセージ性があり、力強い。またそんな御託を黙らせる絶対的な力が宿っているんだ。


俺はそんな彼の諸刃の剣のような、溢れる才気の片鱗を感じながらも、まだ完璧ではない演奏に安心して感動していたのだ。


自覚する、これはとても黒くてドロドロとした嫌な感情だ。目を見張るほど才ある者への感歎、畏怖、嫉妬。しかしそれがまだ完璧でないこと、磨き上げられ研磨されきっていない状態と知るや否や安心と嘲り、自己嫌悪が俺の中で渦巻いていたのだ。


でも、最後には力業とも呼べるほど圧倒的な感情を映した演奏に全てをさらわれる。残るのはいつだって、気持ちのよい高揚感だけなんだ。


そんな人の心をさらえる人を俺は武藤先輩の他にも知っている。そして自分にその力がないことも十分に思い知っていた。


レクイエムの悲壮的な音色に感化されたのかもしれない、いつのまにか感傷的な気分に陥っていた。俺が見た初めての本物は、自分の父親だった・・・


父親からはピアノの、ひいては音楽というもののノウハウを小さな頃から教えられ、多くの楽しみや感動を知った。しかし同時に苦しみや絶望も知ることとなる。










俺が、人の心が動くまさにその瞬間を目撃したのは覚えている範囲ではまだ3つの頃だ。母親に連れ立たれて来たオーケストラホールでのことだった。


まだ3つの幼子だったというのに未だホール全体の張り詰めた空気、頭上の遙か遠くで煌めいていたシャンデリア、フカフカと足元をすくう赤に金の刺繍で描かれた蔦模様の床とその細部まで思い出すけとが出来る。


それはその日に聴いた圧倒的な音楽と対になって一つの映像として記憶に焼き付いているからだ。