恋が生まれた日

紬は言葉を失った

さっきまで確かに動いていた小さな命

その温もりがまだ手のひらに残っている

胸の奥ぎゅっと締め付けられる

何か言わなきゃ――

そう思うのに何も言葉が出てこない

橘先生の言葉が頭をよぎる

“お前にその子の人生を背負うことができるのならな”

唇をぎゅっと噛む


「......どうして?」


静かに問いかける


「私、施設育ちで仕事もお金もない

ただ毎日遊んでるだけ」


葵はお腹を撫でながら続ける


「この子が生まれても

きっと私と一緒にはいられない

幸せにしてあげれない」


紬はかける言葉が見つからない

葵はただ産む勇気がないんじゃない、

子の将来を考えてしっかり向き合ってる

葵は自分の気持ちを確かめるように一言ずつ呟く


「この子、毎日動くの

楽しい時は一緒に騒いで

悲しい時は励ましてくれて」


胎動を感じ母親を実感するケースも少なくはない

紬は一言ずつ、うん、うんと頷きながら聞き続ける


「ちゃんと生きてるんだなって思って

この命を見捨てるなんて私にはできない

だから



産んであげたい」



その言葉を聞いた瞬間

紬の胸の奥が大きく揺れた

視界がにじみそうになる

それを隠すように何も言わず葵を抱きしめた

紬は見抜いてた

葵が心の奥に抱えていた本当の気持ちに

そして葵に伝えたい本当の気持ちを伝える


「命を見捨てないでくれて

ありがとう」

その言葉を聞いた瞬間

葵の目からまた涙があふれる

今度は2人で顔を合わせて声が枯れるまで泣いた



辺りは暗くなりポツ、ポツと院内の電気が付く

散々2人で泣いた後


「今の自分の気持ちを木村さんにしっかり伝えること、いいね?

気持ちが固まったら、明日にでも診察おいで」


と葵に声をかけ、手を振る

葵の姿が見えなくなるまで、ずっと

そして――

姿が見えなくなった瞬間、紬は胸がぎゅっと締め付けられる

今日で産婦人科の研修が最後だということ

もう葵のそばにはいてあげられない――

紬は何もできずしばらくその場に立ち尽くしていた