恋が生まれた日

紬は急いで診察室から出る

そこには先ほどまで親しく喋っていた母親と泣き叫ぶ子どもの姿

あまりの豹変ぶりに立っていることしかできなかった


「どけっ!」


後ろから来た橘先生に押し除けられ診察室の扉に当たった

持ってきたストレッチャーに母親は乗せられ看護師数名と橘先生によって運ばれて行った

紬はその後ろ姿をただ、ぼーっと見つめるだけだった


「ママは?」


子どもの声で我にかえる


「ママは頑張りすぎちゃってちょっとおねんねしてるの

後からママのとこに行こうか」


看護師に子どもを預けて、紬は母親の後を追う


処置室に着くとすでに準備が始まっていた


「遅いぞ、何してたんだ

お前の患者だろ?」


橘先生の低く鋭い声に紬は押しつぶされそうになった


「この状況お前ならどうする?」


母親に繋がれたモニターや胎児の状況を把握して迷うことなく言う


「緊急で帝王切開(カイザー)します!」

「正解だ!オペ室に急ぐぞ」

「はい!」


紬は看護師にオペ室、麻酔科医、NICUの連絡をお願いした

助手として手術に入ることとなった


初めての産婦人科でのオペ

紬は緊張しっぱなしだった

橘先生の手にメスが握られ、皮膚の上を滑らせていく

赤い血で滲んだところに、けん引機が入る


「もっと引け!見えない」

「はい!」


震える手で引く力を強める



落ち着け、母体も赤ちゃんも救うんだ――



術野を広げていった最後、子宮が見えた

橘先生は再びメスを握る


「赤ちゃん来るぞ」


紬はモニターを確認する

バイタルはまだ安定していない



お願い、無事でいて――



橘先生がお腹の中に手を入れ取り出す



ギャ



オギャー



その声を聞いた瞬間紬は安心した

橘先生の手と比べたら小さいその子は一生懸命声を上げながら手足をクネクネさせ生きている



パチン――



母体と繋がっていた臍の緒が切られた

看護師の手に渡り、体重や検査が行われる

すぐ母親に繋がれたモニターを確認する

血圧は少し高め、脈も少し早い

でも出血は許容範囲内


「橘先生、母体安定しています」


一安心したところで紬は母親に声をかける


「おめでとうございます

産まれましたよ」


麻酔の影響でぼんやりとしているが頷くかのように瞼が動いた

感動に浸っていた紬だか、橘先生にいきなり縫ってみろと言われて現実に戻されたのだった





2260gの小さな女の子

その後すぐにNICUに運ばれた

特に大きな病気は見つからず保育器の中で気持ちよさそうに寝ている

ただ、少し早く産まれて来たから吸い付く力が弱いみたい

ゆっくりでもいい

その分いっぱい飲んで大きくなってね