あの公園で、君に会えたら

仕事帰りの夕方、街の空気はどこか重かった。

奈々は駅へ向かって歩きながら、無意識にため息をつく。

最近、自分の中が静かじゃない。

守れなかった命。
涙を流した諒。
何も言わずに隣に立つ颯太。

どれも胸に残っている。

「奈々さん」

不意に呼ばれ、振り向く。

若菜だった。

整った表情。
落ち着いた視線。
逃げ場を与えないまなざし。

「少し、お時間いいですか」

柔らかい声なのに、断れない。

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カフェに入ると、若菜は迷わなかった。

「許婚、解消してください」

単刀直入。

奈々の指先が冷える。

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「諒さんとは海外で出会いました」

若菜は静かに続ける。

「最初は偶然でした。でも一緒に過ごすうちに、自然に付き合うようになりました」

誇張も照れもない。

事実だけ。

「帰国してから奈々さんのことを聞きました」

視線がまっすぐ向けられる。

「幼馴染で、許婚だって」

奈々はうなずくことしかできない。

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若菜は、ほんの少し身を乗り出す。

「正直に言います」

声が低くなる。

「奈々さんの立場、かなりおかしいです」

胸が刺される。

「許婚がいるのに、別の恋人がいる」

颯太の顔が浮かぶ。

「でも、その許婚は解消しない」

言い訳が浮かばない。

「それって、誰に対しても誠実じゃないですよね」

静かに言われる方が、痛い。

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「私ははっきりしてます」

若菜の目が揺れない。

「諒さんが好きです」

一拍。

「だから、隣にいる覚悟があります」

迷いがない。

「でも奈々さんは違う」

言葉が落ちる。

「諒さんを手放さない。でも恋人も手放さない」

奈々は視線を落とす。

逃げ場がない。

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若菜は少しだけ息を吸った。

「諒さん、あなたの前だと弱くなるんです」

その一言に、奈々の心臓が跳ねる。

「強い顔してますけど、本当は――」

そこで初めて、若菜の声がわずかに震えた。

「あなたに拒まれるの、すごく怖がってる」

奈々の喉が詰まる。

若菜はすぐに声を整える。

「だからこそ言います」

「覚悟がないなら、離れてください」

それは宣戦布告じゃない。

覚悟の確認だった。

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奈々はしばらく黙っていた。

怖い。

迷っている。

でも。

「解消、できません」

静かな声。

若菜の眉が、わずかに動く。

「理由を聞いてもいいですか」

奈々は息を吸う。

正直に。

「諒を完全に手放す想像が、できない」

言ってしまった。

胸が痛い。

颯太の顔が浮かぶ。

自分がいかに残酷か、分かっている。

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若菜は奈々を見つめる。

怒らない。

泣かない。

ただ、はっきり言う。

「それ、恋人の前で言えますか」

息が止まる。

言えない。

言えるわけがない。

若菜は立ち上がる。

「私は逃げません」

静かな宣言。

「諒さんの恋人は、私です」

一瞬だけ、視線が鋭くなる。

「でも奈々さんが本気で向き合うなら、私は負けません」

そして最後に。

「逃げないでくださいね。誰の気持ちからも」

若菜は店を出ていった。

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奈々は動けない。

胸が重い。

絡み合う感情。

そしてはっきりしたことが一つ。

自分は、選んでいない。

ただ、失うのが怖いだけだ。

夕暮れの光がテーブルを照らす。

幼馴染では、もういられない。

恋人でも、まだ決めきれない。

でも――

逃げているのは、自分だ。