刺繍に込めた本当の幸福

 翌朝、街の人々が見たのは、いつも通り静かに店を開けるシルヴァンの姿でした。

 けれど、何かが少しだけ違っていました。

 彼の傍らには、誰もいないはずの空間に向かって、楽しそうに語りかけるシルヴァンの柔らかな微笑みがあったのです。
 彼はもう、自分の影を削って「姿を見せる服」を縫うことはやめました。

 代わりに、コバルトの夜空や孔雀石の風、琥珀の光をそのまま糸にして、街の人々の「さびしさ」を「本当の幸(さいわい)」へと変える洋服を仕立てるようになりました。

 あの強欲な紳士は、舞踏会の夜以来、原因不明の虚無感に襲われ、屋敷に閉じこもったまま、二度と姿を見せることはなかったといいます。

 彼の手元に残されたのは、魔法の切れた、ただの重たい羅紗(らしゃ)の塊だけでした。
 役目を終えた赤黒いハサミも、朝焼けの光を浴びて、一握りの銀河の砂となって崩れ落ちていきました。

 もう、誰の影を切り取る必要もなくなったのです。

 一方、シルヴァンの店の窓辺には、時折、不思議な微風が吹き抜けます。
 それは、透明なまま、けれど誰よりも鮮やかな幸福を纏(まと)ったルミナが、彼の手伝いをしている合図です。

 
 この店に訪れた客は皆。愛を知った仕立て屋と、透明な娘の姿に「本当の幸福」はなんなのかと、語り合うのでした。

(おわり)