刺繍に込めた本当の幸福

 か細い声で答えるシルヴァンの背中に、紳士は追い打ちをかけるように、わざとらしく問いかけました。

「町中の娘を招待するつもりだ。……ところで君。『ルミナ』という名の女性をご存知かね?」

 紳士がその名を口にしたとき、シルヴァンの胸の奥で、古びた弦が弾けたような、小さな、けれど鋭い痛みが走りました。……けれど、それが何に由来する痛みなのか、彼にはもう、確かめる術(すべ)がないのです

 シルヴァンは、その響きを頭の中で何度も反芻(はんすう)しました。
 けれど、彼の脳裏にあるはずの銀河の記録(レコード)は、真っ白に削り取られたままです。

「いえ……。そのような名前の方は、存じ上げません」

「そうか。そりゃあ結構。はっはっはっ!」

 紳士は満足げに高笑いを残し、漆黒の闇を撒き散らすように店を去って行くとき、紛れたかのようにコバルト色の小さな風が吹き、作業台のノートがパラリと捲れました。

 そこには、かつて狂ったように書き連ねられた名前の跡が、ただの窪みとなって、空っぽの白紙を汚しているだけでした。