刺繍に込めた本当の幸福

「魔法の仕立て屋とは、君のことか。……話は聞いているよ。私に、一目で女たちを跪かせるような、とっておきの『恋の洋服』を作ってもらいたい」

 紳士の厚かましい要求を聞いた瞬間、シルヴァンの指先が微かに、けれどはっきりと震えました。
 人の心を自在に操るほどの強大な魔法。それを編み上げるには、今の彼の脳裏に辛うじて刻まれているルミナの面影を、最後の一片まで糸として紡ぎ出さなければなりません。

 それは、彼女との繋がりを永遠に断つことと同義でした。

「……私には、過ぎた注文です。……お引き取りください」

 蚊の鳴くような、けれど決死の拒絶。しかし紳士は、嘲笑(あざわら)うように鼻を鳴らしました。

「金なら、いくらでもある」

 机に叩きつけられた革袋から、鈍い金貨の音が響きました。その重みは、シルヴァンが一生をかけて針を通し続けても、決して手にすることのできないほどの大金です。

 シルヴァンがなおも顔を逸らし、断りの言葉を絞り出そうとしたその時。紳士は彼が抱きかかえるノートをチラリと見て、三日月のように目を細めました。

「それだけじゃない。私なら、金に物を言わせ手に入らないものはないんだよ。……おや、そのノート。まさか、そこに書かれた名前さえ、もう思い出せないというのかい? 哀れなものだ。……だが、私ならこんなものまで手に入るのだがね」