佐倉くんのうちは、学校のすぐ裏にあって、青い屋根の、白壁の大きな家だった。
家に着くと、佐倉くんは、洗面所からふわふわのタオルを持って来て、乃々に寄越した。
「ありがとう」
「別に。今飲み物淹れるね」
乃々は、体を拭いてから、壁一面に大きな本棚のある佐倉くんちのリビングを興味深く見渡した。
静かなアルコーブの部屋にグランドピアノが置いてある。
乃々はこんなに本が沢山ある家を生まれて初めて見た。
友達のうちに人生初であがった乃々は、湿った靴下ですべすべのフローリングの床を撫でた。
「コーヒー飲める?」
佐倉くんがキッチンから聞いた。
「飲んだことない」
「じゃあこれが第一弾。ミルクと砂糖もね。」
佐倉くんは、ダイニングテーブルに可愛らしい猫のパッケージのドリップパックのコーヒーを出してくると、注意深く開けて、2つのマグの上に乗せた。
「お湯が沸騰する間、自分について考えるんだ。」
「なんで?」
「習慣。親がやってる。なんか良いんだって。」
薬缶のお湯が沸騰してきたので、佐倉くんは火を止めてマグにお湯を注いだ。
ソファに座って2人は湯気のたつホットコーヒーを飲んだ。
白いカーテンの外に、雨音が響いている。
「温かい」
「苦くないよ。甘い。好きだよ、多分」
ほろ苦い香りのコーヒーを置いて、佐倉くんはほっとため息をついた。
「乃々、名前で呼ぶよ。お近づきの印」
佐倉くんが口を開いた。
「僕の名前知ってる?」
「佐倉くんでしょ」
「佐倉何くん?」
「佐倉……」
乃々が口籠ると、佐倉くんは首を傾げた。
ちょっとつまらなそうに目を伏せて。
「碧だよ。佐倉あお。知らないで来たんだね。」
「あお……」
「全く。クラスメートの名前くらいちゃんと覚えときなよね。」
碧は含蓄のある声音でそう言ってから、
「乃々。」
と呟いた。
「お前の名前、何からつけられた?」
佐倉くんが聞いた。
「うーん、なんかね、繰り返しの二文字の名前が好きなんだって、ママが」
「ふーん。僕は、母さんの好きな色なんだ。」
佐倉くんが言った。
「大好きだから、大好きな色の名前を付けたかったんだって。」
「良いね。」
「まあね。」
碧がふっと笑った。
「乃々と碧は仲良くなるよ。これからきっとね。そういう気がする。」
「そう?」
碧は顔を上げた。微妙顔で。
「お愛想。」
「……」
乃々がまた黙ったので、碧も口を閉じて、上を見上げた。
ダイニングの天井には、お洒落な1枚木のファンが回っている。
それまで電気をつけていなかったダイニングに、立ち上がった碧が、ここへきてパチリ、と全部の明かりを付けた。
「うち猫居るよ」
明るくなった部屋で碧が口を開いた。
「僕に懐いてるよ。名前呼ぶと来るんだ。タロ!」
リビングに続いたピアノの小部屋からグレーの子猫がぴょこぴょこと歩いて飛び出してきた。
タロという名前その猫は、ソファに登ってきて碧の膝の上に前足を乗せると、猫特有の座り方でそこへ座り込んだ。
「映画でも見る?」
乃々の方を振り向いて、碧が言った。
「女の子を呼ぶとやる事なくって。でも、うち女の子の好きそうなアニメあるよ。見たい?。」
碧は大きな本の棚からキャラクターもののDVDを何枚か取り出して来た。
