キンコンとチャイムが鳴って、帰りのホームルームが終わったが、乃々は、運の悪い事に今日は傘を持って居なかった。
外の雨は、6時間目を過ぎても少しも弱くならないで、パチパチ、ぴしゃっと道路をやっつけている。
昇降口の下駄箱で、靴を取り出して、乃々が走って帰ろう、としていた時だった。
後ろから、深い青い色の様な声で、突然声を掛けられた。
教室でも、ついぞ話しかけられることのなかった乃々に。
「傘持ってないの?」
乃々が振り返ると、きれいな顔立ちをした黒髪の男の子が立っていて、乃々はそれがクラスメートの佐倉くんだと思い出すまでに数秒かかった。
「佐倉くん?」
「なんで疑問形?。僕の名前忘れてたの?。」
佐倉くんは呆れ顔でそう言うと、きっぱりした声音で、
「小野田乃々。」
と言った。
「僕は覚えてるよ。クラス全員の名前。」
「そっか」
「当然。っていうか、雨。」
佐倉くんが上を見上げた。
「止まないね。学校まで流されちゃいそう」
次にしゃがんでいる乃々を見下ろした佐倉くんが言ったのは、乃々にとっては驚くべきことだった。
「傘ないなら、雨止むまでうち来ない?」
「え」
「学校のすぐ裏。僕は傘あるけど、乃々は入れない。恥ずかしいもん。」
「……」
「うち来なよ。僕暇してるんだ。」
「良いの?」
「良いよ。おいで。」
それから、
「僕も傘さすの辞めよっと。」
と思いつきのような軽い調子で言った。
「乃々に義理。乃々、走れる?」
「うん」
乃々が靴を履くのを待って、2人は昇降口から大雨の中駆け出した。
