3歳の時から、胸躍るのは執事の貴方



(ふう、今日も一日色々あったわ)

 学校と稽古が無事に終了し、稟湖(ううみ)は自宅で入浴を終えたところだった。

 この後は超ビックな大イベントが控えている。そう、信清(しんせい)とのおやつ感想会だ。

 とは言え、これは勝手に稟湖がそう名付けているだけなのだが、何を隠そう今日一番の楽しみがこの予定であった。

 いつもの如く椿延(つばの)にドライヤーで髪を乾かしてもらい、乾いた髪の毛を横に流しながら温かい白湯を飲んでいると、控えめなノック音が鳴る。きた。

 稟湖の胸はいとも容易く高鳴り始めていた。それは、昼間に次富(つとむ)と恋バナをした時よりも遥かに大きな高鳴りだ。

「稟湖お嬢様、失礼いたします」

「信清、楽しみに待っていたわ」

 頬を緩めながら稟湖はそう口にすると、信清も呼応するかのように柔らかい笑みをこちらに向けて「そのように仰っていただき光栄で御座います」と嬉しい言葉を返してくる。相変わらず完璧な対応のマイ執事に惚れ惚れしてしまう。

「ふふ、ではこちらに座って下さる? 立ち聞きはだめよ」

「はい、稟湖様。お言葉に失礼し、座らせていただきます」

 稟湖の言葉に素直に従った信清はそう一言添えてからこちらの示したソファへ静かに着席をする。

 信清と同じ目線の高さで会話ができるこの瞬間に気持ちは高鳴りまくっていた。稟湖はこくんと残りの白湯を飲み干すと、両手を合わせそのまま本題に入る。

「貴方の作ってくれたスコーンはとても美味しかったわ。隠し味に少しだけ紅茶を入れたわよね? スコーンの硬さも歯応えがよくって、あっという間に食べてしまったの。味も食感もすごく(わたくし)好みだったわ」

 目をキラキラとさせ、稟湖(ううみ)は感じた感想を素直に繰り出す。信清(しんせい)は執事であるがゆえに料理だって完璧だ。

 基本的には料理長が食事を用意してくれるが、稟湖の間食や休日の料理は信清が作ってくれる事もある。

 稟湖の好みを把握し、彼の作る料理に不満を抱いた事は本当に一度もなかった。彼を好きだという補正は一切抜きで本当の本当にないのだ。

 今回のスコーンも、稟湖が全体的に硬いものを好んでいることを知っている信清が意図的に硬く焼き上げてくれたのだと直ぐに理解出来ていた。

 これに限らず彼は常に主人の好む食感を見事に再現してくれるのである。

 彼に出来ないことは基本ないのだが、信清は料理の腕も本当に見事な手腕執事だ。

 その上、裏表のないこの真っ直ぐな優しい執事。ああ、なんて魅力的な従者なのだろう。

「稟湖様の仰られる通り、今回は隠し味に紅茶を少々混ぜ込んでおりました。スコーンが稟湖様好みの硬さに焼き上がるよう留意しましたので、そちらにもお気付きになられて大変嬉しく思います」

「まあ、思っていた通りなのね! 当たっていて嬉しいわ」

 稟湖はそう言って上品に自身の口元へ両手を当てる。

 そんな稟湖に対面する信清は尚も穏やかな顔をして、微笑ましい視線でこちらを見つめてきた。これはもう、ときめき不可避な乙女イベントだ。

 稟湖の心の中は信清への愛で溢れかえりそうになっている。そして彼は続くように稟湖のハートを再度掴みにくるのだ。

「僕も稟湖様にお当てになられて大変嬉しいです。このような感想の場をいただける事にも日々感謝しております」

「ふふ、いつもありがとう。おかげで今日はとても良い夢を見られそうだわ」

 そう言って稟湖(ううみ)はニコリと素直な笑みを溢す。

 信清(しんせい)も優しい微笑みをこちらに返し、二人はほんの一瞬だけ笑顔で見つめ合った。

 このひと時――深緋(ふかひ)色の瞳と目を通わせられる時間に喜びを感じる。稟湖は幸福感で満たされていた。

 すると、コンコンと丁重なノック音が室外から鳴り「稟湖様、そろそろ就寝のお時間で御座います」と椿延(つばの)の声が聞こえてくる。

「あら、もうそんな時間なのね。健康の為にも眠る時間は守らないといけないわ」

 時刻は夜の十時だ。

 残念な思いはあれど、しかし信清だってこの後も執事としてやる事があるだろう。遅くまで付き合ってもらっては彼の睡眠時間が減る事になってしまう。ゆえに信清や自分の為にもここで切り上げるのが英断だ。

 僅か十分程の会合ではあるものの稟湖は既に満足である。

 そのまま室内に入ってきた椿延と椅子に腰掛けたままの信清に目線を当てながら「二人共ありがとう。今日はもう下がっていいわ」と優しく声を掛ける。

 信清は音を立てずにソファからサッと立ち上がり胸元に手を添えるとそのまま綺麗な一礼を見せ、彼の後ろに佇む椿延も同じように一礼を見せてくる。

 そうして二人はおやすみなさいませ稟湖お嬢様と綺麗に声を重ねた後、丁重な足取りで部屋を去っていった。

 稟湖も腰掛けていたソファから立ち上がり、寝る支度を終えると布団を胸元にかけそっと目を閉じていた。