3歳の時から、胸躍るのは執事の貴方



「それでね、今日も(わたくし)信清(しんせい)に好きと伝えて来たのよ。信清の顔はいつも通り優しくって、もう本当に朝からイベントが盛りだくさんだったわ」

 稟湖(ううみ)の通う白冠(はくかん)学院は財閥に生まれた者が多く滞在する学舎だ。

 ゆえに設備も充実しており、事前に申請を出していれば昼休憩時に個室を貸切で使う事も出来る。

 今日稟湖は予め約束をしていた婚約者との昼食会を控えていた為、学校側に申請書を提出し、完全な個室となっている屋内の部屋で昼食を摂っていた。

 そしてこれはとても重要な事なのだが、完全個室でありながら完全防音室でもあるため声は一切外に漏れない仕様となっている。そう、内緒話をするのならここに限るのである。

「朝の見送りの際にも信清は柔らかい顔で(わたくし)を見送ってくれていたのよ。ああもう、思い出すだけでドキドキしちゃう」

 稟湖はそう言って口元に手を当てながらニマニマと表情を緩ませる。

 そんな稟湖に対面する形で席に座っている婚約者――龍宮寺(りゅうぐうじ)次富(つとむ)はこちらの興奮気味な惚気話を前にしてこんな言葉を口に出していた。

「ほんと信清はカッコいいよな。話聞いてるだけで想像出来ちまうもん。あいつ本当に同い年かって思うくらい立派な執事だよな」

「そう、そうなのよ。信清って同い年に見えないくらい本当にしっかりしているの。やだ、次富のせいで信清のカッコ良さにもっとドキドキしてきちゃったわ」

「ときめきに上限とかねえからな、素直にときめいとけよ。幸福度が上がるぞ」

 一見、婚約者同士とはとても思えないようなそんな会話だ。

 しかしながら、稟湖(ううみ)次富(つとむ)にとってこのようなやり取りは日常的な会話であった。二人のこの関係は初めて出会った時から何一つ変わってはいない。

「うふふ、早くこの事を共有したかったからこの時間を楽しみにしていたのよね。次富はどう? 最近嬉しい事はあったの?」

 稟湖は一呼吸おいてからそう尋ねる。

 すると、目の前に座る婚約者は嬉しそうに口角を上げながら「そうそう、聞いてくれ」と口を開いた。

「昨日はあの子が俺を起こしに来てくれた日でさ、昨日の俺は一日絶好調だった。夕飯もあの子が配膳してくれたんだけど、マジで動作が全部可愛いんだよ」

「まあ、それはあまりにも素敵な一日ね。礼葉(れは)ちゃんは女の(わたくし)から見ても動作が大変可愛らしいもの。愛嬌もとても良いですし」

「そうなんだよなー、他のメイドとも仲が良いんだろうなって見てて分かるしマジで性格いいのが会う度伝わってさ。俺も首っ丈だよ、礼葉に」

「ええ、ええ。よく分かるわ。好きな人ってどうしてこんなに胸を高鳴らせるのかしら」

「マジそれなー」

 これは婚約者同士の恋バナだ。

 次富もこちらと同じで一つ年下の己の従者に恋をしている。稟湖は次富とする恋バナが好きだった。

 それは彼が自分と全く同じ立場の恋愛をしており、稟湖にとって唯一の同類だからである。

 彼とは婚約者でありながらも互いに別の相手を好いている。この事実を知る者は稟湖と次富、そしてメイドの椿延(つばの)だけだ。

稟湖(ううみ)は次いつ来るんだっけ?」

 話が一段落すると、次富(つとむ)はそんな事を聞いてくる。稟湖は食後の紅茶を口に含んだ後、声を返した。

「来週の週末遊びに行かせていただくわ。信清(しんせい)も連れてくるわね」

「ああ、それがいいな。俺も礼葉(れは)に同行してもらおう。これってダブルデートみたいじゃないか?」

「うふふ、そうよね。ダブルデートって響き、好きだわ」

 次富とはどこかで円満に婚約破棄をするという約束を交わしている。

 だがそれは二人の間でのみ決められた約束であり、今はまだ互いの家族にその話をしてはいなかった。

 婚約破棄をするのならばお互いの想い人からの確実な好意が必要となってくる。

 意中の相手と将来を共にしたいから婚約破棄をしたいのだと、それくらいの理由がなければ婚約の解消は難しいだろう。

 稟湖には三人の兄妹がいるが、全員が婚約者との婚姻を結んでいる。婚約破棄なんて事例は寿慶門家(じゅけいもんけ)には一切ないのだ。

 つまりは相応の理由なしに次富との婚約を白紙にする事は非常に難しい状況なのである。

 現時点では稟湖と次富どちらも従者に片思いをしている状況であり、決して両思いではない為、婚約の破棄以前にまずはそれぞれを振り向かせる事が先決となっていた。

 しかし稟湖が想いを寄せる信清も、次富が想いを寄せている礼葉も、あまりに従順な者であるがゆえに、主に恋心を抱くなどという可能性は極めて低いのも事実だ。いや、このままではもはやゼロと言っても過言ではないだろう。

 まして、彼らにとっては婚約者のいる主人なのである。

 真面目な二人にとっては、そんな主に異性として想いを向けるなんて事は不敬だと感じてしまっても致し方ない。実際、そのような事が不敬である事も否定できない。

 だからこそ、こちらの方(主側)から動かなければ稟湖も次富も恋は実らないだろうと、そう確信を持っていた。