「今日もいい汗を掻きたいわ」
ジムが備えられた部屋に入ると稟湖は早速ストレッチを始め、その後に様々な器具を使い筋トレを行う。
途中で片方百キロのダンベルを軽々と持ち上げた稟湖はそのまま時間が来るまで多くのトレーニングを続けていた。
そして予め決めていた時間まで運動を行うと、ノック音の後部屋へ入ってきた信清に「稟湖様。お時間になりました」と声を掛けられる。
彼は清潔なタオルと大きな水筒を持ち運んできてくれており、稟湖はお礼を言いながら汗を拭い飲み水を一気に飲み干していた。
「本日もお疲れ様で御座いました。素晴らしい汗を掻かれたことと存じます」
稟湖は怪力持ちだ。
生まれつき筋力が発達しており、これに関しては稟湖の右に出る者はいない。
身体能力も優れており、体を動かす事であれば稟湖に出来ない事はなかった。家族や学校の生徒、どの従者と比べても稟湖より優れた運動神経を持つ者は身近にはいなかった。
自宅でも学舎でも常日頃財閥としての気品さを意識し周囲から評価を得てはいるが、それと同時に稟湖の怪力さも周りから認知されている事だった。
たとえ命を狙われたとしても稟湖は絶対的に相手を返り討ちにできる自信がある。その根拠はあった。
稟湖がまだ四歳の時、身代金目当てで一度だけ誘拐されそうになった事があるのだ。
物騒な刃物を持つ大人に囲まれた稟湖であったが、自前の怪力で捕まることもなく、誘拐犯らを無力化しロープで縛り上げ警察に引き渡したという経験を持っている。
稟湖がその気になれば相手の腕を折る事は容易だ。そして実力で相手の戦意を喪失させるのも得意な事だった。
それは十年以上経過した今でも変わる事はなく、むしろ稟湖の筋力は以前よりも更に増している。
勉強はそう得意ではないものの、身体能力の高さだけは逸材と言えるのがこの稟湖であった。
あまりにも非現実的な話ではあるが、たとえどのような状況であったとしても、稟湖はファンタジーの世界のように敵対する相手を無力化出来るという自信がある。
ただ、力加減を誤ると善良な者にまで危害を加えてしまう事態が発生する為、日頃から力の制御には十分に気を付けていた。
罪の無い誰かを傷付けてしまうだなんて絶対にあってはならない事だ。
稟湖は己の強さを自覚してはいるものの、この力を使うのは誰かを守る時と自分を守る時だけだと毎日のように自分へ言い聞かせてもいた。
「うふふ、そう言ってくれて嬉しいわ。信清の淹れてくれたお水もとっても美味しくて最高よ。運動の後のお水って本当に美味しいわよね」
「お褒めに預かり光栄で御座います。運動後のお水に関しまして僕も同じ意見です」
気持ちよく運動を終えた後に意中の相手と会話が出来るこの状況は控えめに言っても幸せな事である。信清からの肯定的な意見も純粋に嬉しい。
そのまま稟湖は少しだけ信清と会話を続けると、支度のため一度自室へと戻るのであった。
