3歳の時から、胸躍るのは執事の貴方



 時は経ち、十三年後――。

 春の陽気が薄れ始めた朝の時刻、寿慶門(じゅけいもん)財閥の三女である寿慶門稟湖(ううみ)は丁重なノック音と優しい声で目を覚ます。

「稟湖お嬢様、朝で御座います」

「ええ、信清(しんせい)。目が覚めました。入っていいわ」

 そう許可を出せば、仰々しい部屋の扉はゆっくり開かれ、稟湖と同い年の褐色の肌をした執事――六輪(ろくわ)信清(しんせい)が室内に入ってくる。

「お早う御座います稟湖様」

「信清。おはよう。起こしてくれてありがとう」

「とんでも御座いません。本日も起床のお手伝いが出来、大変嬉しく思います」

 そう言って美しい一礼を見せてくる信清に、朝から胸が爆発してしまいそうだ。

 何を隠そう稟湖は、目の前にいるこの信清の虜である。

 三歳になって少し後に出会った日から、まるで魔法のように彼に恋をしてしまった。一目惚れ、というのは正しくないかもしれない。

 稟湖は執事が自身に仕えると父に聞いた時から、自分だけの執事という存在を意識した瞬間から、もうすでに見えない執事に恋をしていた。それが信清だった。

 ベッドから離れ、自室に備えられた洗面台で歯を磨き終えた稟湖が広間へ戻ると、信清は淹れたての白湯をガラスのコップへ注ぎ終えていた。

 そうして戻ってきた稟湖にそちらを差し出してくる。

 稟湖(ううみ)は自身の高鳴る胸を楽しみながらそのコップを受け取り、一口飲み込んだ。すると信清(しんせい)は柔らかく口を開いてきた。

「稟湖様、本日はお稽古のある日で御座います。間食をご用意しておりますのでご出発前にお渡しさせていただきます」

「ええ、助かるわ。お稽古のある日ってどうしてもお腹が好いてしまうのよね。今日の間食は誰が作ったものなの?」

 淡い期待を抱きながら稟湖は信清に問い掛ける。

 そうすると信清は優しく目元を細めながらこちらに視線を合わせ、声を発した。ああ本当、なんて素敵な執事だろう。

「本日は僭越ながら僕がお作り致しました。お口に合いますと幸いです」

「あら、信清が作ったのね。それは楽しみだわ。夜に感想を伝えますからそれまで寝てはダメよ?」

 稟湖はこれでもかというほどに口元が緩みそうになるのを抑えながら、そう彼へ言葉を告げる。

 信清はそんな主の言葉にも柔らかく目を細め「勿論です、稟湖様。稟湖様ご本人から感想を頂けますこと光栄に思います」なんて幸福な言葉をプレゼントしてくれるのだ。

(好きだわ信清。ふふふ、好きすぎて頭の中が真っ白よ……)

「信清、好きよ。今日もありがとう」

 そしてそんな彼にメロメロな稟湖(ううみ)はいつものように心からの笑みを顔に出し、偽りのない想いを彼に告げる。

 そう言葉を向ければ、誠実な執事は嬉しそうに目を緩め、柔らかい言葉を口にした。

「勿体無いお言葉感謝いたします。本日もどうか素敵な一日をお過ごし下さいませ」

 信清(しんせい)は稟湖の真意である熱い想い(恋慕)を理解してはいない。

 彼は確実にこれを親愛だと思い込んでいる。それは分かっていた。ただ稟湖はそれでも信清に好きを伝えたかったのだ。

「時に稟湖様。本日はどのような運動のご予定かお聞きしても宜しいでしょうか」

 ソファに座り、白湯の入ったコップを机の上に置いた稟湖に信清はそう尋ねてくる。稟湖は一拍の間を置くとすぐに口を開いていた。

「ええ、今日はストレッチと筋トレでもしようと思うわ」

「それは大変健康的かと。それではこの後迅速にジムの設備を整えて参ります。是非簡単なお食事も摂られてからお越し下さいませ」

「ありがとう、信清」

 稟湖は毎朝少しの時間運動をする習慣がある。

 毎日その時の気分でメニューを変えている為、家に備えられているジムに行く時もあれば大きな運動場に行く時もあった。

 朝の時間は忙しいが、健康維持と自身の体を動かしたいが為に稟湖は毎日このような日課をしっかり行なっていた。