言えない。言わない。

桜の花びらが、ゆっくりと風に乗っていた。

小学校の校門は、すぐ目の前にある。


白い門柱の向こうには、広い校庭と大きな校舎。

その周りをぐるりと囲むように、桜の木が並んでいた。


満開だった。


三人は自然と足をゆるめる。

さっきまで普通に歩いていたのに

校門が近づくにつれて、少しだけ空気が変わった。

月乃は校門を見上げる。

ランドセルの肩ベルトを、ぎゅっと握っていた。


月乃「……説明会のときより、人いっぱい」


雫「うん」


玲央「そりゃ入学式だからな」


平気そうに言うけれど、少しだけ声が硬い。

三人のまわりには

同じようにランドセルを背負った子どもたちばかりだった。

親と一緒に歩く子。

少し緊張した顔の子。

はしゃいでいる子。

知らない声が、たくさん重なっている。

今までの世界とは、少し違う音だった。

月乃はその様子を見ながら、小さく息を吸う。


月乃「……入るんだよね」


雫「さっきまで“頑張る!”って言ってたじゃん」


月乃「……うん、言った……けど」


でもその笑顔は、少しだけぎこちない。

ランドセルの肩ベルトを握る手に、また力が入っている。

その手を見て、玲央は少しだけ眉をひそめた。

でも、何も言えなかった。

花びらがひとつ、ふわりと落ちてきた。


雫「ほら、行こっか」


月乃「……うん」


玲央も一歩前に出た。

三人は並んで、ゆっくり校門の前まで来た。

白い門柱の横には、看板が立っている。


入学式


黒い文字がはっきり書かれていた。

月乃はそれをじっと見ていた。


月乃「……ほんとに小学生なんだね」


玲央「昨日から言ってるじゃん」

玲央も雫も笑っていた。


雫「まだ実感ないけどね」


桜の花びらが、またひとつ落ちた。

月乃はその花びらを目で追って、それから顔を上げる。


月乃「……よし」


小さな声。

でも、ちゃんと前を向いていた。


月乃「行こ」


三人は並んだまま、校門をくぐった。

その瞬間。

少しだけ、空気が変わった。

校庭から聞こえてくる声。

先生たちの呼ぶ声。

知らない子どもたちの笑い声。


三人の世界はそのままなのに

まわりだけ、急に広くなったみたいだった。


満開の桜の下で、

三人はゆっくり校庭の中へ歩いていった。

春の光が、ランドセルにやわらかく落ちていた。