坂川学園に溶け込んだ青春

試合終了のホイッスルが、グラウンドに長く響いた。
スコアは1―2。
あと一歩届かず、コウタたちのチームは敗れてしまった。

その瞬間、膝に力が抜けそうになった。
芝生の匂いと、まだ鳴り止まない心臓の鼓動。
悔しさは、もちろんあった。
もう少しで勝てた。あと一歩で逆転できたかもしれない。そんな思いが胸をかすめる。

けれど、不思議と下を向くだけの気持ちではなかった。
同点ゴールを決めた瞬間の感触。
全力で走り続けた後半。
怪我から復帰して、最後までピッチに立ち続けられたこと。

(……やりきった。)

コウタはゆっくりと顔を上げた。
空は相変わらず夏らしく高く、まぶしい。
チームメイトたちは悔しそうにしながらも、「ナイスシュートだった」「よく追いついた」と声をかけてくれる。
その言葉を聞きながら、胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていった。

「コウタ、最高だったぞ。」
キャプテンが肩を叩く。
「……ありがとう。」
自然と、素直な言葉が出た。

整列と挨拶を終え、観客席へ向かって礼をしたあと、コウタはすぐに顔を上げた。
探すまでもなかった。
あの場所に、まだ立っている人がいるのが見えたからだ。

マリナ。
試合中と同じ場所で、こちらを見つめている。

その姿を見た瞬間、コウタの体は勝手に動いていた。
スパイクのまま駆け出し、観客席のほうへと向かう。
心臓の音が、さっきの試合以上に大きく響いている気がした。

「はぁ……はぁ……」
息を切らしながら、マリナの前に立つ。

「コウタ君……!」
彼女は少し驚いたように目を丸くした。
「試合、お疲れさま……!」

その声を聞いた途端、張りつめていたものが一気にほどけた。
コウタは少し笑って、頭をかいた。

「……負けちゃったけど。」
「ううん。」
マリナはすぐに首を横に振った。
「すごかったよ。あのシュート、本当にかっこよかった。」

その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
しばらく言葉を探してから、コウタはまっすぐ彼女を見た。

「……来てくれて、ありがとう。」

マリナはきょとんとした表情を浮かべる。
「え?」

「前半、全然うまくいかなくてさ。点も取られて、頭の中ぐちゃぐちゃで。」
コウタはゆっくりと言葉を続けた。
「でも、休憩のとき客席見たら、マリナさんがいて……手振ってくれてたの、見えたんだ。」

マリナの頬がほんのり赤くなる。
「……気づいてたんだ。」

「うん。」
コウタは小さくうなずいた。
「あのとき、なんか一気に怖くなくなった。
怪我のこととか、不安とか、全部どうでもよくなって。」

そして、少しだけ照れながら笑う。
「『見ててくれてる人がいる』って思ったら、思いきり走れた。」

風がふわりと吹き、二人の髪を揺らした。

「負けたのは悔しいけどさ……」
コウタは空を見上げてから、もう一度マリナに視線を戻した。
「自分の中では、ちゃんと納得できるプレイができた。最後まで逃げなかったし、全力出せた。」

その表情は、負けた直後とは思えないほどまっすぐだった。

「それって、すごく大事なことだと思う。」
マリナはやさしく微笑んだ。
「コウタ君、本当に輝いてた。」

一瞬の沈黙。
コウタはぐっと拳を握りしめてから、はっきりと言った。

「俺、あのゴール決められたの、絶対マリナさんのおかげ。」

「えっ……?」

「裏庭で話したこと、ずっと頭にあった。
怖くても、好きなものをやめたくないって気持ち。」
少し照れながら続ける。
「だから、最後まで走れたんだ。」

マリナの瞳がゆっくり揺れる。
「……私、何もしてないよ。」

「してるよ。」
コウタは即座に言った。
「来てくれただけで、十分すぎるくらい。」

そして、深く頭を下げた。
「本当に、ありがとう。」

突然の行動に、マリナは慌てて手を振った。
「こ、コウタ君、頭上げて!こちらこそ……ありがとう。」

「え?」

「私ね、最近ずっと部活のことばっかり考えてて、怖くて……でも、今日コウタ君が全力で走ってるの見て、思ったの。」
彼女は少しだけ涙ぐみながら笑った。
「好きなことって、やっぱり逃げずに向き合いたいなって。」

コウタの胸が、静かに高鳴る。

「だからね。」
マリナはまっすぐ彼を見た。
「私も、もう一回フルート、ちゃんと吹いてみる。」

その言葉を聞いた瞬間、コウタの顔に大きな笑みが広がった。
「……うん。それ、絶対いい。」

負けたはずの試合のあと。
それでも、心は不思議なくらい軽かった。

夏のまぶしい日差しの中、
コウタはもう一度だけマリナに向かって笑った。
「次の試合は、勝つ。だから――そのときも、見に来てくれる?」

マリナは少し驚いてから、やわらかくうなずいた。
「もちろん。」

その笑顔を見て、コウタは確信した。
今日の試合は負けだった。
けれど、自分にとっては確かに前へ進めた一日だったのだ。