坂川学園に溶け込んだ青春

六月の午後、空はどこまでも青く澄んでいた。
グラウンドからは、ボールを蹴る音と仲間たちの声が風に乗って教室まで届いてくる。

コウタは窓際の席に座ったまま、静かに外を見つめていた。
白いテーピングが巻かれた足は、まだ少し痛む。先週の試合中に転倒してしまい、医者からはしばらく安静にするよう言われたのだ。楽しみにしていた練習試合にも出られないと決まったとき、頭の中が真っ白になった。

グラウンドでは、同級生たちがいつも通り元気に走っている。
パスの声、笑い声、笛の音。
全部が遠くて、でもはっきり聞こえる。

「ナイスシュート!」
誰かの声が響いた瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。

本当なら、あそこに自分がいたはずだった。
ボールを追いかけて、汗だくになって、仲間と声をかけ合って。
それなのに、今はただ見ているだけ。

コウタは唇をかみしめた。
目の奥が熱くなっていく。
悔しい。情けない。
置いていかれてしまうような気がして、どうしようもなく苦しかった。

「……コウタ君?」

やさしい声が背後から聞こえた。振り返ると、マリナが立っていた。手には音楽の教科書を抱えたまま、心配そうにこちらを見ている。

「ずっと外、見てたよね。」

コウタは慌てて目元をこすった。
「べ、別に……ただ、暇だから。」

強がったつもりだったけれど、声は少し震えていた。
マリナは何も言わず、コウタの隣の席に静かに座った。そして一緒に窓の外を見た。

しばらく沈黙が続いたあと、彼女がぽつりと言った。
「みんな、頑張ってるね。」

その一言で、堰を切ったように気持ちがあふれた。
「……俺、本当は出たかったんだ。」
小さな声だったが、自分でも驚くほど本音だった。
「練習試合、ずっと楽しみにしててさ。なのに怪我して、何もできなくて……。みんなが走ってるの見てると、なんか……置いていかれてるみたいで。」

最後のほうは、ほとんど消えそうな声だった。
窓の外がにじんで見える。泣きたくなんてないのに、涙がこぼれそうになる。

そのとき、マリナがゆっくりと口を開いた。
「悔しいよね。」

コウタは驚いて彼女を見た。
マリナはまっすぐにコウタを見返していた。

「でもね、コウタ君が何もしてないなんて、絶対に違うよ。」
「え……?」

「怪我しても、毎日ちゃんと学校来て、グラウンド見てるでしょ。それって、サッカーが本当に好きじゃないとできないことだと思う。」

コウタは言葉を失った。
マリナは少しだけ微笑んで続ける。

「私、吹奏楽のコンクール前に風邪ひいたことあるの。みんなが練習してるのに、自分だけ楽器触れなくて、すごく悔しかった。」
彼女は窓の外に目を向けた。
「そのときね、先生に言われたの。『休むのも、次に進むための準備だよ』って。」

風がカーテンを揺らす。
マリナの声は静かだけど、あたたかかった。

「コウタ君は今、止まってるんじゃなくて、ちゃんと次の試合のために回復してる途中なんだよ。」
「……でも、みんな上手くなっていくし。」
「うん。でもね。」

マリナは少し身を乗り出して言った。
「コウタ君が戻ってきたとき、誰よりもサッカーしたいって思ってるのは、きっとコウタ君自身でしょ?」

胸の奥に、じんわりと何かが広がった。
「……うん。」

「その気持ちがあるなら、大丈夫。」
マリナはやさしく笑った。
「悔しくて泣きそうになるくらい好きなものがあるって、すごくかっこいいことだと思う。」

ついに、コウタの目から一粒の涙がこぼれた。
けれど、それはさっきまでの苦しさだけの涙ではなかった。

「戻ったらさ、またグラウンドで走るんでしょ?」
「……うん。絶対に。」

「じゃあ、その日まで私が応援係ね。」
少し照れくさそうに、マリナは笑った。
「窓から見てるコウタ君じゃなくて、グラウンドで走ってるコウタ君のほうが、私は好きだから。」

その言葉に、コウタは思わず笑ってしまった。
外では仲間たちが変わらずボールを追いかけている。
でもさっきまでとは違って、その光景は遠く感じなかった。

「……ありがとう、マリナさん。」

窓の外の青空は、変わらずまぶしい。
けれど今、コウタの胸の中には、小さくても確かな前向きな光が灯っていた。
もう、ただ見ているだけじゃない。
またあの場所に戻るために、今できることを頑張ろうと、静かに決意していた。