仲間と私で未来を紡ぐ

「おいおいおい!まさかテメェから出てきてくれるとはなァ!クソ女!!」

ゼロまで下がった怒りのボルテージが、一気に百まで上がる。
先ほど無表情で諭したくいも、今は額に青筋を浮かべて激昂していた。
しかし、女は皆と比べて静かで淡々としている。

「あら、クソ女とは心外ね。なんのヒントも無しに貴方達を放置しても良かったのよ?」
「黙れ。魔法使いの館に何かがあるから慌てて出てきただけだろう。そんな見え見えな嘘をつくのはやめてくれ。」
「嘘ではないわよ。それに、魔法使いの館はただのヒントを与えるための条件に過ぎないわ。」
「ッチ。敵の言ってること簡単に信用できるかよ!」

しぃ…と、女が口に人差し指を当てて言う。
その瞬間、空気が凍りつき金縛りにあったかのように体が言うことを聞かなくなってしまった。

「少しうるさいわよ。こっちはヒントを与えようとしているの。貴方達的にも、それは都合がいいことじゃなくて?」

それを言われたいかりは黙る。いや、も言葉を出そうとしても出せないので何も言い返せなかった、の方が的確だろう。
__そのとき。

「都合がいい、だと?お前、流石に度がすぎるぞ。私がお前に言ったのはそんなものではなかったはずだ。」

くいが、そう言葉を言いながら女の方へ歩み寄った。
これは女にとっても想定外なことだったのか、女は口を開けて驚く。しかし、それはほんの一瞬のこと。
すぐに口を閉じて口角を上げると、楽しそうに笑った。

「ははっ!私がいつ貴方に何かを言われたのかしら?私が貴方と会話したのはちゃんはちを攫ったあの場所でだけ、でしょう?」
「…ふざけたことをタラタラと言わないでもらおう。先ほどまでは本気でお前のことを殺そうとはしなかったが…。気分、いや考えが変わった。」

くいは顔を少し下に向け、女を思いきり睨みつける。
そして、怒りで震えながら、女に向かったこう言い放つ。

「呪尊。私は、お前を絶対に許さない。あんなに忘れるなと念を押したにも関わらず、お前は私との約束を忘れたんだ。これくらいされて当然だと思え。」

ここに立っているくい以外の皆の表情が変わった。その者のほとんどは、驚き一緒に染まっている。
それは女も例外でなく、なにより一番彼女が驚いていた。
女は驚きつつも、依然と淡々とくいに問う。

「…貴方。その名前をいつどこで知ったのかしら。」
「一年半ほど前、お前の口から聞いたぞ。」

くいは、淡々と、それでいて怒りの感情を滲み出しながら呟いた。
女__呪尊(じゅそん)は、その言葉で何かを察したかのように冷静になる。

「私の記憶にはないけれど、私と貴方は面識があるのかしら。だから魔法使いの館に行こうという考えがいの一番に思いついたわけね。」
「面識がある?私とお前の関係はそんなものだったのか。」
「あら、それ以上に深い関係性なら私が忘れるはずないわ。」
「随分と自信があるようだな。それで忘れているのだから、流石の私も呆れるよ。」

互いになにかが噛み合っていない会話を繰り返す。
いや他の皆的にはそんなのどうでも良かった。

(なんであいつ女と会話ができているんだ?)

いかりは単純にそう思う。
おそらく、他の感情たちも同じことを思っているだろう。
しかし、皆呪尊の雰囲気に覚えがあった。
覚えがある、というだけで確信があるわけではないが。

(…私達も、あの女のことを知っている?)

やみがそう思った瞬間、頭痛が起こるとともに目の前で爆発が起きた。同時に体が自由になる感覚を覚える。
皆は、さきほどまで硬直していた体の引き締めるよう勢いよく前を見つめる。
砂埃の立つその先で、くいと呪尊は真っ向から対立していた。

「急な先行攻撃とは、なかなかやるわね。」
「私は先ほど言ったはずだ。私は、お前を絶対に許さない、と。」
「それが殺意の表明になるとでも?」
「お前ならこれくらいの情報で分かると思ったんだがな。」

見えない視界の中、くいの長い髪の毛が揺らぎ、呪尊の黒いローブが激しく波打つのが見える。
瞬きをしたらくいが呪尊のそばにいて、呪尊はそれをわかっていたかのように魔法で防壁を張る。もう一度瞬きをした瞬間、呪尊の後ろに魔法陣が出現した。

「あら、そう?まぁなんでもいいわ。さようなら。」

呪尊がそう言った瞬間、魔法陣の光の強さが増す。
灰色だった六つの円状の陣が緑色に光り輝き魔力が込められ高まる。

「【バーバレンパ】。」

六つの光りが、くいに向かって光速で襲いかかる。
呪尊の固有能力【バーバレンパ】。それは、火、水、光、風という四つの属性から成る水光・遠距離型魔法。水光(すいこう)とは、技の主な属性。水と光の力が強いこの魔法は。

(光の如く速く、水の如く柔軟。火で火力が上がり、風でより機敏に魔法自体を操れる。知っている。あいつの固有能力だからな。)

くいは、刀を構える。

「お前がその気なら、私も敬意を払って全力でお前に応戦しよう!【全範囲攻撃《ゼルダースレベン》】!」

【全範囲攻撃】。それは、名の通り三百六十度という全範囲に細かい斬撃を繰り出すくいの固有能力。
緑色の光線と、多量の斬撃が最高威力でぶつかる。
斬られた光線のは、一部を残して魔力の粒子となって消滅した。
しかし、その一部がくいを襲う。
緑色の光がくいの右肩に真っ直ぐ向かっていく。

「っ!?」

間一髪で避けれたが、その素早い行動に追いつけなかった袖が光に当たってしまう。
ジュワッという焼ける音も消し去るほど光速だった。焼けた布の周りが一瞬赤く染まり、触れたはずのない肩がビリビリと麻痺していく。
しかし、攻撃が当たったのはくいだけではない。
呪尊も黒いローブに斬り込みが入っている。
だが、それまでのこと。見える範囲では特に血も傷もできていない。
くいはそれを確認したのち、刀を左手に持ちかえる。

「貴方の本気は、こんなものかしら?」
「…随分と見ないうちに、お前はこんなにも変わってしまったのだな。」

二人が言葉を交わした瞬間、間にひかりが割り込む。

「はぁ!」
「邪魔よ。」

呪尊に攻撃を避けられたひかりは、目の前に伸ばされた手を見つめる。
その手には、バチバチと音がする光の球があった。
球が巨大化し、ひかりの体を包む。
ビリビリと音を鳴らしながら体に光が走り、ひかりは感電したかのように下に倒れそうになる。
が、いきなり顔を上げて呪尊の目を見た。
呪尊が「なっ」という声を出した瞬間、目の前が真っ白になる。__ひかりの反撃だ。

(そういえば、こいつは光を扱う…。光の耐性ぐらいあるわよね…。技の詠唱をしていなかったのも要因かしら…。)

真っ白になった視界の中、呪尊は明るすぎる光に悶えるように苦しげな声でそう思う。
すると突然、両腕に鋭い痛みが走る。
各二箇所。肩の接骨部分と手の甲を正確に刺された。
痛みに目を瞑り、ゆっくり開けると目の前の景色が鮮明に見えるようになっている。
そこには、右手を薙ぎ左手に苦無を四本持ったやみがいた。

「喰らいなさい。」

左手に持った苦無を、容赦なく呪尊の足に投げつける。
呪尊は魔法を発動させようと口を開けるが、詠唱よりも苦無のスピードのほうが上回っており。
呪尊の両足__太ももと足首に、やみの苦無が見事に突き刺さった。

「ッ!『火炎放射《ファイヤーブレス》』!」

呪尊がそう言いながら手を伸ばす。すると、伸ばした手から真っ赤な炎が噴き出てきた。
その炎は、苦無を投げ終えて地面に着地しようとしているやみの方向に向かっている。
しかし、やみの表情は余裕そのものだった。
突然、呪尊の視界が晴れる。赤一色だった景色に、緑や青、そして…。

「うぉらぁあああああ!!」

呪尊の放った炎を、風と共に突っ切ってくるいかりの姿。

「バリ…!」
「おせぇんだよ!カスゥウウウ!!!」

いかりは思いきり握った拳を、呪尊の腹に殴りつける。
呪尊はその勢いのまま、ズドンという大きな音と共に地面に叩きつけられた。
口元しか見えないが、その表情は明らかに歪んでおり、口からは唾液が出てきている。
地面は呪尊を中心に割れて大きな穴を作り出しており、誰が見ても呪尊は負けたと思った。
__そう、思っただけだった。
いかりは呪尊から少し離れた場所に着地し、ストレスを吹っ飛ばしたかのような清々しい表情をしている。
そして、砂埃が立つ巨大な穴の中心を眺めながら言葉を発した。

「いやぁ爽快だなぁ!まさかこんな単純なことで異変の元凶をやっつけちまうなんて…」

いかりのその言葉は、砂埃が徐々に消えかかるのと並行して消えていく。他の仲間たちも、同様に表情を消していく。
…砂埃が消え去った、巨大な穴。
そこに存在したのは、黒いローブ"のみ"だった。

「この程度で私が負ける?それなら花幻郷最強の座に座っているちゃんはちを攫うことなんて到底不可能よ。まぁ、その事実に気づいていたのはくいとそこの銀髪程度ね。」

頭上から、声がした。
それを確認しようといかりが上を向いた瞬間。
紫色の光線が、いかりの腹を貫いた。
風も血が出るという当たり前なことも置き去りにして、光線は地面を抉って消滅する。
突然の出来事にいかりは声も出せず、ただ力のまま後ろに倒れた。
驚いた皆がそちらに目線をやろうとしたとき、今度はオレンジ色の光線がしずくを襲う。
しかし、その光線はくいの刀よって斬られて消滅した。
呪尊は無表情のまま、くいは心の炎をゴウゴウと燃やして互いに見つめ合う。

「【バーバレンパ】」

先に行動したのは呪尊。
無数の緑色の光線が、くいにむかって降り注ぐ。
くいは仲間のいない方向に走ると同時に攻撃を避けてそれを捌く。
むーはそのくいを確認したのち、いかりの傷跡をよく観察した。
服に刻まれた穴の周りは焦げて黒くなっており、その黒を無理やり赤く染め上げるように血が滲んでいる。
傷口も焼けて爛れており、むーの常備薬だと太刀打ちできないと見て取れる。

(…書物で読んだことはあるけれど、魔法というものはこんなにも恐ろしいものなのね。)

むーは横目でくいを一瞬だけ見た。
見たことがないくらいくいの表情は激情の色を示しており、見ているだけなのに背中がぞくりと粟立つ。
__仲間、という言葉の意味を、むーはまだ把握しきれていない。
好き、という感情も、むーはよくわからない。
だから。くいがちゃんはちに寄せている好意も、皆に感じている仲間というものの正体もわからない。
むーは、実験をして得られたデータしか信用しない。そのため、人間関係という複雑でデータにできないものは理解できない。
けれど、目線のその先で繰り広げられている激戦は。
仲間というものを、むーに訴えかけているような気がした。
…応えなくては。
くいが私に託した、仲間を救うということに。

「【回復ノ場《ヒーリングエリア》】!」

むーは、両手を掲げてそう叫ぶ。
すると、ドーム型のバリアが、むーを中心に繰り広げられた。
【回復ノ場】。それは、むーの固有能力である。
むーを中心にバリアが張られ、その中に入っている仲間達の傷を癒すというもの。
常備しているむーの薬では太刀打ちできない傷も、このバリア内だと治るのだ。
それに加え、内部を守っているバリアはかなりの強度を誇っている。
故にこのバリア内はセーフティーゾーンであるのだ。
いかりの傷はどんどんと癒えてゆき、完治したと同時に血の塊を口から吐き出しながらむくりと起き上がった。

「ゲホッ…!!って、あれ?もう痛くない?」
「あ、あぁよかった!いかりさん死んでしまったのかと思って!本当に心臓が止まりそうでしたよ!!」
「貴方さっきからずっとヒェッだのあぁぁ…だのうるさかったわよ。」
「えぇ!?ご、ごめんなさい!」

むーは皆が口々にいうその光景を、いつもはしないような暖かな目で眺める。
この固有能力には弱点が存在する。
それは、むーが仲間と認めた者しか癒すことができないこと。
先ほどまで、むーは仲間というものを理解できなかった。
だからこそ、この固有能力をうまく扱うことができなかったのだ。
しかし、今は違う。
仲間について、いや人間というデータ化できないことについて、少し理解できたから。
くいにお礼でも言うつもりで、むーはくいの方に目線をやる。
…しかし、向けられた目線の先にあった信じられない景色が、むーの考えを一瞬で吹き飛ばした。