仲間と私で未来を紡ぐ

距離はそう遠くなかったらしく、すぐにそれは探知範囲に入った。
しかし、こちらが気付いたのなら向こうからはすでに気づかれているだろう。

(ま、探知内に入ったのなら私の勝ちか。)

ちゃんはちは、予備動作が無しに高速で走る。
そして、異質なものの急所とおもしき場所に剣を振るう。
異質な"何か"は、それを弾いた。

「ふーん。」

ちゃんはちは小さくそう吐く。
それは人型の女性の姿をしていた。気配からして人間で間違いない。
高身長で、ちゃんはちのような黒色の半袖に長い髪を一つに結い、虚な黒い目をしている。

(やっぱりこの森って変質者が出やすいんだな。)

真顔でそう思うちゃんはちに対し、女性は声をかける。

「なぜこの森に立ち入った。」
「ちょっとね。事情があって」
「ふぅん。そうだと言うのに私に構ってていいのか。」
「まーね。この森の管理も私の仕事だし」
「…そうか。どこかで見たことがある気はしていたが、お前ちゃんはちだな?」
「うん。」
「…お前なら、私の正体に気付いてもらえると思っていたのだがな。」
「知らないかな。」

ちゃんはちは眉をぴくりと動かすが、淡々とそう言う。
女性は、虚な瞳をちゃんはちに向ける。

「そうか。それならこれでわかるか?」

女性は、手に魔力を込める。
そして出来上がったものは。

(…パワーボール?なぜこいつにこれができる。)

見ているだけで胸が痛むような黒色のパワーボール。
それが、女性の手の中でゆらゆらと蠢いていた。
パワーボールは、郷の代表者に伝わる極秘のもの。
便利すぎるし、なにより庶民に伝わって変に使われたら厄介だからだ。
なのに、なぜこんな女性がこれを操れるのか。

(普通じゃないね。てか魔力量から普通ではないけど。)
「これでも私の正体がわからないか?」
「うん。」
「…そうか。お前にはがっかりだ。」
「なんで?」
「感情のことも知らない主だとは思いたくないからだよ。」

それを聞いて、ちゃんはちは体が強張る。

「…感情?私の?」
「あぁ。申し遅れたな。」

女性はパワーボールを握り潰すように消滅させる。
そして、向き直ってこう言った。

「私の名前はくい。お前の、苦しみの感情だ。」
「苦しみの感情?記憶にないね。」
「…今思えば当たり前か。お前がこの世界に来てすぐにお前の感情の世界から抜け出したからな。」

だからか、とちゃんはちは思う。
魔力が増加するのはレベルアップ方式。
年齢を重ねれば必然的に魔力が増加し、鍛錬を積めばそれだけ魔力は増える。
つまるところ、この世界に長く居たものが多くの魔力を得る。
ちゃんはちはこの世界に来て数十年が経過している。
この女性__くいも、ちゃんはちと同じように鍛錬を積めば、同じぐらいの魔力量になるのは必然だろう。

「なるほどね。」

しかし、ちゃんはちは剣を構える。

「貴方、人を何人殺した?」
「確かに原生生物は殺したさ。けれど、人を殺す趣味は私にはない。お前もだろう?」

それに臆さないくいは、淡々とそう言う。

「どうだろうね。」
「フッ。安心しろ。私は戦いに来たのではない。ただ__」

突然、空から斬撃が降り注いだ。
くいはそれを華麗に避け、上を見る。
…しかし、そこには誰も居ない。

(下か。)

くいは、手に魔力を込める。
やがてそれは形を成し、刀へと姿を変えた。
くいは創った刀で、迫り来るものを弾く。

「…ちゃんはち。なぜこいつを殺さない。」
「私に人を殺す趣味はないよ。残念ながら私は花韮みたいな人じゃないからね。」

そう言いながら、ちゃんはちの隣に立つのは、花韮無類。
攻撃を仕掛けたのは言うまでもなく花韮だ。
ちゃんはちほどではないが、花韮も魔力探知なるものが使える。
それを使い、ちゃんはちの動向を探りながら他の人を見守っていた際に、異質な魔力を探知して駆けつけたのだ。

「花韮か。」
「それがなんだ?」

花韮は、剣を構える。

「言っておくが、私はこいつみたいに甘くない。お前の行動一つで殺しにかかるぞ。」
「脅迫か?」
「どう捉えるかはお前次第だ。で?ここの森で何をしていた。言え。」

鋭い瞳を、くいに向ける。
それを弾くように、くいは言葉を放つ。

「別にやましいことはしていない。それに私は殺し合いをしに来たのではない。」
「この森で何をしていたのかって聞いているんだ。聞こえなかったのか?」

くいは、その言葉に答えない。
そのとき、花韮の魔力の揺れを感じたちゃんはちが仲裁する。

「まって花韮。この子は話し合いで解決できる子だよ。」
「…ベルギアの悪知恵だな?」
「それが何?」
「お前がその判断ができるようになるのは数十年後だ。いいから黙って見ていろ。」

花韮の発言に、ちゃんはちはムッとする。
剣を魔力の粒子にし、自身の体内に戻す。

「私は戦わないよ。」
「お前の意思なんぞ知らん。こいつを取り逃すだけでどれだけの被害が出ると思う?知らないだろう。こいつは花幻郷の人間なんてペロリと平らげるだろな。」
「先ほども言ったが、私には人を殺す趣味はない。お前のような、戦いしか知らない愚か者の考えることはわからんな。」

くいのその発言に、花韮は手の力を抜く。
そして、大きく息を吸って吐く。

「そうか。」

そう呟くと、花韮は剣を構える。

「『剣の御加護《つるぎのごかご》』よ、我に力を!【空転斬撃《くうてんざんげき》】!!」

花韮は高く舞い、無数の斬撃の雨をくい目掛けて降り注がせる。
『剣の御加護』。それは、花韮の固有能力である。
剣の能力を飛躍的に上昇させ、敵を断じて逃さないようにする戦闘系のものだ。
くいは、その斬撃を交わすように大きく旋回して走る。
しかし、花韮はそれを見越してくいの進行方向に攻撃を仕掛ける。
くいはその攻撃を刀で受け流す。

(手数が多すぎる。長期戦になったら不利だな。)

そう考えるが、攻撃を仕掛ける素振りはしない。

(相手の攻撃パターンを読む作戦か?それでも少しは反撃はしないと死ぬぞ。なんのために攻撃というものがあるのか知っているのか。こいつは。)

花韮は呆れるが、逆に好都合だと思った。
攻撃してこないなら防御を掻い潜って首を掻っ切れば良い。それか心臓を一突きする。
人間は脆い。血を大量に出しただけで死ぬ。足を斬れば移動に大打撃を与え、手を斬れば攻撃に大打撃を与える。
目を突けば視覚を奪える。鼻を潰せば嗅覚を、耳を千切れば聴覚を、舌を取れば味覚を。
目と耳を奪えば、ちゃんはちのように魔力探知のできるものでなければ死んだも同然。
人間は挙って攻撃力を上げようとする。しかし、本当に大切なのは防御。
攻められても守ればいい。自分が死ななければ、死んだも同然とならなければ、最期まで戦えるんだ。

(私の固有能力とじゃ、まるで矛盾だがな。)

花韮の固有能力は、短期戦に向いている。剣の能力を上げても対応してくるのなら、素の花韮はまず勝てないだろう。
まぁ、そんなもの今までにいなかったが。
花韮は、真正面からくいと対峙する。
くいは下から上へ刀を振る。
花韮は、上から下へ剣を__
振るそぶりをし、瞬時にくいの背後へと回る。
「ッ!?」
花韮の重い太刀を防ごうと強く刀を振ったのが仇となり、くいは体制を崩す。
もはや反撃のしようがない。
花韮は剣を縦に構え、くいの心臓に一突きしようとする。

(終わりだな。)

花韮は勝利を確信し、くいは敗北を確信した。
二人はすっかり忘れていた。
花幻郷最強の存在を。