【完結】 【野暮令嬢】と侮った皆様、覚悟はよろしいかしら?

運び込まれた貴族牢での処置が終り、後は目が覚めるのを待つばかりとの医師の言葉を聞いたウェーバー公爵は、質素な寝台に横たわるドラーク侯爵と元妻の姿を冷ややかに見下ろしてその場を後にした。

侍女として送り込んでいた配下は、ドラーク侯爵が倒れたユリアを寝台に運んで部屋を出た後、密かに部屋に滑り込み、その状態を確認した。
頭には傷はないが大きな瘤が出来ている。その部分を触っていると身じろぎをした。
今のところ命に別状はないようだ。

程なく届いたオスカーからの伝言を守るべく、騒ぎ出さないように少しずつ睡眠薬を飲ませて急変などに供えて様子を見ていた。

一方、ユリアの部屋から出て以来、呆然自失の体で夜を明かしたドラーク侯爵は、娘のレオノーラ危篤の知らせを受けて自死を図った。しかし、その知らせとほぼ同時に踏み込んで来た騎士団の応急処置のお陰で一命は取り留めたのだ。

実の息子と娘からの告発を受け、隣国のキャロライン殿下に対する冤罪を掛けた容疑で逮捕状が出ているドラーク侯爵とユリアは、意識のない状態のまま連行されたこの貴族牢で、処遇が言い渡される日まで治療を受ける事になっている。


◆◆◆
ユリアは元々娘に関心が薄く、三歳の時にティタニアと共に領地に送り出してから十年間一度も領地に赴いたことはなかった。しかし、ヴィクトリアの心情を思って周囲は誰一人としてユリアを悪く言うことはしなかった。

一方、公爵夫人という地位で社交界に大きな影響力を持っていたユリアは、離婚以来、殊更に被害者として振る舞い、ウェーバー公爵家とオスカーを酷い噂で貶めたばかりか、実の娘のヴィクトリアを、夜会という衆人環視の中で悪し様に罵り侮辱し続けたのだ。

ウェーバー公爵家を見舞った災禍の中で、ヴィクトリアを最も傷つけたのは、実の母から受けた手酷い裏切りだった。そんな女を、オスカーは許すつもりもなければ手加減などするつもりもない。

しかし、それももうすぐ終わる。

「長く苦労を掛けた」

貴族牢から出て来たオスカーは、苦難の日々の中、ずっと付いてきてくれた執事の肩を叩いた。



◆◆◆
目を覚ましたユリアは、痛む頭を庇いながら見渡した周囲の状況がすぐには飲み込めなかった。
質素な部屋に、簡素な寝台に横たわっている自分。そして、隣の同じような寝台に兄が横たわっており、その首には包帯が巻かれている。
そして、自分が纏っている簡素な麻のワンピースと、扉を取り払われた入り口と窓に嵌められた頑丈な鉄格子が目に入った事で、一気に顔から血の気が引いた。

ここは貴族牢だ。

そう気づいたと同時に入り口の格子に取りすがり、廊下の先に立っている看守に向かって声を限りに叫んだ。

「私を誰だと思っているの! すぐにここから出しなさい! お前たち、ウェーバー公爵夫人に対する無礼は許さないわ!」

叫び声に応じて格子の前にゆっくりやって来きた人物を見て、ユリアは息を呑んだ。

「ウェーバー公爵夫人を騙るなど、また罪状が増えたな」

怒りを抑えた声とは裏腹に、漏れ出す殺気を隠すことなく纏わせたギルバートが、格子の前に立ってユリアを睥睨した。

「それだけ喚く元気があるなら大丈夫だろう。連れて行け」

入って来た女性騎士から逃げ回り、悲鳴を上げて抵抗するも、拘束されて引きずり出されたユリアが連れて行かれたのは、地下牢に隣接した取り調べ室だった。
牢の隅の暗がりに、怯え切った様子のミリアが蹲っていた。
牢の奥の部屋には、数百年前に使用されていた拷問器具が並べられ、夥しい数のろうそくの炎に照らし出されて不気味に揺らめいて見える。

取調室に置かれた机の向かいには摂政アルブレヒトが座っており、拘束され口を塞がれたユリアが椅子に座らされると、側に立つバルテス公爵が告発文を掲げて言い渡した。

「ユリア・ドラーク、ミリア・ノバクと共謀して、西の王国キャロライン王女を冤罪に掛け、国外追放を企てたとの告発により調査を行った。その結果、証言と証拠に基づき有罪が確定し、最北の女子修道院に収監することが決定した。また、共犯となったドラーク侯爵家は爵位を剥奪され、その家族も共に平民となり、国外追放とする」

その言葉を聞いて椅子を揺らして暴れるユリアの前に、ダニエルに付き添われたヴィクトリアが姿を現した。その後ろにオスカーが立っている。

それを見たユリアは椅子から降りて跪き、言葉にならないうめき声を上げながら目に涙を浮かべてヴィクトリアに縋る様な視線を向けた。
しかし、その視線を受けたヴィクトリアの目からは一切の感情が窺えなかった。

「レオノーラが亡くなったわ。あなたは身勝手な私欲のために、他国の王女を冤罪に掛けようとしたばかりか、その挙句に人の命を奪ったの。当然の報いだわ」

口を塞ぐ布を外されたユリアは、なおもヴィクトリアに近づこうとしてダニエルに押さえつけられ、藻掻きながら大声でわめいている。
淑女教育を受けたとは思えない見苦しい行動に、持っていた祖母の形見の扇子を広げて顔を背けた。その時、ユリアの放った言葉で、ヴィクトリアの中の何かがぶちりと切れる音がした。

「私はあなたの母親よ! 母を見捨てる娘など、地獄に落ちるが良いわ!」

ヴィクトリアはユリアの前に屈み、閉じた扇子をユリアの顎に当てると、ぐいと顔を引き上げ、燃えるような鋭い視線で見据えた。ほとんど真上を向かされたユリアは声が出せない。

「私を娘だと思うとぞっとするのでしょう? 私だってその体から生まれて来たと思っただけで虫唾が走るわ。娘を捨てて貶めた母親と母親を捨てた娘。似合いの母娘だわ。私が地獄に落ちたなら、必ずお前を見つけ出して業火で焼き尽くしてやる」

鬼気迫る様子に、その場の誰もが動けなかった。
ヴィクトリアが扇子を顎から外して身を起こしても、ユリアはその姿勢のままがくがくと震えつづけている。

その様子を眺めていたアルブレヒトが、バルテス公爵に目配せすると、もう一つの書類を掲げて、牢の隅に蹲ったままのミリアに顔を向けた。

「ミリア・ノバク、ドラーク侯爵家レオノーラ殺害の罪により、極刑に処す」

それを聞いたミリアは、格子に取りすがってすすり泣きながら、消え入るようなか弱い声で訴えた。

「私は、その人が王子様の愛妾にしてあげるって言うから物語の通りに行動しただけよ。それに、噴水には私が飛び込むはずだったのに、レオノーラ様は自分から飛び込んで勝手に死んだの。私のせいなんかじゃないわ。私、死にたくない……」

ミリアの居る格子の辺りは薄暗く彼女の姿はよく見えない。しかも、待機する騎士は全員女性だ。美少女の儚げな涙に絆される要素を取り払った空間には、醜い自己憐憫の繰り言だけが響き、同情するものなど誰もいない。

「そうか、ならチャンスを与えてやろう」

そう言ったオスカーに、みんなの視線が集まった。

「その女と共に最北の修道院の先にある、岬の要塞に一年間収容するのはどうだ。解放されればその後は自由だ」

その要塞の存在を知る者はほとんどいない。
岬の先、分断された突端に石を積んで作られた砦のような建物なのだ。人が住む事を想定していないため、明り取りとして穴がいくつか開けられているだけで窓は嵌っていない。分断されているため陸側から掛けられた跳ね橋で行き来するようになっており、跳ね橋が上げられてしまえば、要塞からは出られない。
夏は照り付ける太陽で石が高温を保ち、冬は海から吹き付ける寒風が雪と共に入り込む。
そんな場所で一年、生きて居られるとは思えない。

しかし、その現状を知らないミリアとユリアは、一年間と聞いて顔を見合わせた。
二人の声が揃った。

「一年間、そちらへ参ります」

二人のその言葉に、バルテス公爵が確認した。

「本当にいいのか?」

その言葉に頷く二人を見ていたアルブレヒトに視線を向けられたオスカーは、机に座って書類を書き換えた。そして、最後の古代文字の呪文を付け足した。

【体から解放されて自由になった魂が何処へ行くか、それは天のみぞ知る】

摂政アルブレヒトとバルテス公爵の署名がなされ、これでもう覆す事は出来ない。
二人は今日中に北へ向けて護送されることに決まった。


地下牢から出て、摂政アルブレヒトとバルテス公爵とギルバートの一行を見送った後、突然ダニエルに抱きしめられた。

「あなたを地獄になど行かせない。その前に必ず救い出して見せる」

その言葉を聞き、堰を切ったように涙が溢れた。
幼い頃からの母への思いが走馬灯のように頭に浮かんでくる。

「おかあさまは、いつあいにきてくださるの?」

月に一度、領地を訪れる父に何度聞いたことだろう。
次こそはと、迎える馬車に母の姿がないことに何度落胆したことだろう。
母が自分を置いて出て行った時も、悲しかったけれどまだどこかで期待をしていた。

しかし、夜会で「あれが自分の娘だと思うとぞっとする」という言葉を聞いて以来、心に蓋をして、自分に母はいないと必死で言い聞かせていた。

それでも、どうしても自分からは断ち切れなかった糸を、母はいとも簡単に引きちぎった。
突然ちぎられた糸は、虚しさと共に痛みを伴って私の中に残ってしまったのだ。

痛みに蹲り、また一人我慢しようとしていた私を、ダニエルはその痛みごと抱きしめてくれた。そして、その言葉で癒そうとしてくれている。

涙の止まらない私を、ダニエルはずっと抱きしめてくれていた。