目立たぬように王宮に招き入れられ、すっぽりとフードを被って案内された部屋に入ると、そこにはウェーバー公爵オスカーがゆったりと足を組んで椅子に座っていた。
レオノーラは反射的にフードを跳ね上げるとその場で深く腰を落としたカーテシーを執った。こちらから声を掛ける事はもちろん、顔を上げる事も許されない。
「私はね、ウェーバー公爵家を貶めた者たちよりも、ヴィクトリアの心を最も深く傷つけ貶めた元妻が誰よりも許せないんだよ」
オスカーが独り言のように呟く言葉を、レオノーラは姿勢を保ち、頭を下げたまま聞いていた。
「しばらく見ない間に立派な淑女になった。侯爵夫人の教育の賜物だな」
その様子を見ていたオスカーは、立ち上がってレオノーラの前に立った。
「久しぶりだね、レオノーラ」
レオノーラは、そう言って差し出されたオスカーの手を取り立ち上がった。
「数年来のウェーバー公爵家に対する、我がドラーク家の数々の無礼に対し、心よりお詫びを申し上げます」
頭を下げてそう述べたレオノーラを、目を細めて見ていたオスカーは穏やかに語りかけた。
「謝罪は受け取った。それよりも、君はヴィクトリアの著書を近隣国の翻訳版も含めて全て購入していると聞いているよ。最初は名を明かしていなかったのに分かっていたのかな?」
「はい! 幼い頃にヴィクトリア様に聞かせて頂いた古代の物語は全て私の心に刻まれています。初めて本を目にした時から、ヴィクトリア様の作品だと確信していました」
そう言うと、ふと視線を落として呟いた。
「八歳になったばかりの私は、古代文字を少し読めるようになったことをヴィクトリア様にお伝え出来るのを楽しみにしていたのです。将来はヴィクトリア様にご教授を頂いて、古代文学の世界に飛びこむことを夢見ていました。しかし、叔母が戻って来たあの日、私の夢と希望は打ち砕かれてしまいました」
その様子をじっと見ていたオスカーは、レオノーラに問いかけた。
「ドラーク侯爵を告発する意思があるとヴィクトリアから聞いているが、お母上と兄君も共に、罪人の家族となって国を追われることも覚悟の上、ということだな?」
レオノーラは、オスカーの目をしっかり見つめて言いきった。
「近隣国の王女殿下に冤罪を掛けようなど、二人の計画を知った時から、この国に留まれるとは思っていませんでした。ただ、叔母が戻る前に嫁いだ姉はこの事を知りません。姉と嫁ぎ先、それから母の実家についてはお目こぼし頂くように嘆願書を用意していますので、どうか受理して頂けませんでしょうか」
その言葉に、オスカーは笑みを浮かべてレオノーラに告げた。
「分かった。では、侯爵夫人とランベルトが到着してから改めて話をしよう」
◆◆◆
エリアス王子とキャロライン殿下と共に王宮に到着すると、用意されていた部屋へ案内された。
そこには、中央に置かれた寝台に座るレオノーラと、医師と看護師たちが揃っている。
側に立っていたオスカーが説明を始めた。
「ドラーク侯爵夫妻と兄のランベルトが到着したらこの部屋へ案内される。レオノーラは予断を許さない状態の設定だ。医療スタッフには緊急時の対応を頼む。くれぐれもこの事は口外無用だ」
そう言うと私たちに顔を向けた。
「しばらく緊迫した様子を見せた後、ドラーク侯爵だけを尋問室に誘導する。その後、侯爵夫人とランベルトと共に作戦会議だ」
ミリアの連行を終えたダニエルも合流し、全て準備を整えた私たちは隣室で待機していた。
ドラーク侯爵夫妻とランベルトが部屋に案内され、レオノーラへ懸命の治療が施されている。
悲痛な面持ちで祈るようにレオノーラを見つめている侯爵夫人とランベルトの後ろで、ドラーク侯爵は呆然とその様子を眺めていた。
暫くして、ドラーク侯爵だけが部屋から出され、尋問室へと連れ出された。
それと入れ替わるように私とダニエルが部屋に入り、真っ青な顔で立ち尽くす侯爵夫人にそっと声を掛けた。
「レオノーラは大丈夫ですよ、ほら」
そう言って手を取り、医師と看護師たちが離れた寝台の側へ一緒に近づいた。
すると、母の顔を確認したレオノーラが飛び起きて抱き着き、声を上げて泣き出した。
「心配をかけてごめんなさい! でもこれで叔母と父から解放されるわ!」
そう言ったレオノーラの背を、涙ぐんだランベルトが擦っている。
部屋に入って来た父のオスカーとエリアス王子とキャロライン殿下の姿を見て、侯爵夫人とランベルトが深く腰を折って頭を下げた。
「私とキャロラインは立会人だ。全てウェーバー公爵に任せている」
エリアス王子がそう言ってオスカーに目を向けた。
「レオノーラから謝罪を受け取ったからね。夫人もランベルトも顔を上げてくれ。これからの事を急いで話し合わなければいけないんだ」
そう言って側の机に座り、ウェーバー公爵の刻印の入った羊皮紙を広げると、三人に顔を向けた。
「レオノーラから二人の覚悟は聞いているが、もう一度確認する。ドラーク侯爵と元妻を、他国の王女に冤罪を掛けようとした罪で告発すれば、連座で地位を失い国外追放は免れない。それでも告発を進めるかい?」
それにはランベルトがはっきりと答えた。
「はい、既に三人で話し合って決めています。どうぞ進めてください。それから、こちらは姉と姉の嫁ぎ先、それから母の実家は今回の事は無関係であることを記載した嘆願書です。もう一つ、こちらは、レオノーラと私の日記帳です。祖父と父と叔母のやり取りを、出来るだけ詳細に記載しています。レオノーラから、学園で自分に何かあったら、これを持って王宮へ行くようにと言われていました」
オスカーは、ランベルトとレオノーラから告発内容を聞き取りながら羊皮紙に記載していった。
「こうして纏めると、ドラーク侯爵はあの娘がキャロライン殿下に冤罪を掛ける事を知らなかった可能性があるな。それについてはどう思う?」
「恐らく叔母の嘘を鵜呑みにしたと言う所でしょう。それこそが父の最大の罪です。侯爵位である以上、誰かの話を鵜呑みにして、知りませんでしたなどという言い訳が通るはずがありません。私欲に駆られて調査を怠るなど、侯爵位に在る人物としてあるまじき行為です。爵位剥奪について酌量の余地はありません」
言い切ったランベルトに、オスカーは口角を上げた。
「合格だ」
完成した告発書を議会に回し、即時承認を求める様に侍従を送り出した。
そしてもう一枚羊皮紙を取り出し、ランベルトに向き合った。
「君は成人しているからドラーク侯爵の承認はいらないな。隣国のメイザー伯爵家の養子にしようと思うがどうだ? 爵位は継げないが、君なら実力で道を開けると思うよ。そうすれば、国境にお母上を迎えに行くこともできるしね」
その言葉に、ランベルトが膝を付き、感極まった様子で忠誠の姿勢を執った。
嗚咽を堪えて声にならないようだ。
「君たち母兄妹が、元妻が触れ回ったヴィクトリアの悪評を何とか打ち消そうとしていたことは知っていたんだ。その恩返しだと思ってくれ」
私は、ハンカチで目を抑えている侯爵夫人の背に手を当て「ありがとうございます」と小さく呟いた。
それよりも、私はレオノーラの日記を見て息を呑んだ。八歳頃から綴られた日記は、全て古代文字で書かれているのだ。最初は拙い文章だったが、ここ二年ほどは私から見てもほぼ完ぺきなのだ。
それからレオノーラの処遇について話し合おうとした時、レオノーラが思い切った様子で言った。
「私をこのまま亡くなった事にして頂けませんか。助かった所で平民となって国外追放なのです。それに、私が亡くなったことにより叔母と父と、あの男爵令嬢の罪が重くなるなら本望です」
「それだとあなたの貴族籍がなくなってしまうわ。私、レオノーラを後継者に育てたいと思っているのよ」
そう言って、レオノーラの日記帳を掲げた。
すると、オスカーが何かを思いついたように、ぱっと顔を輝かせた。
「貴族籍ならなんとかなりそうだ。隣国に逃げようとしているうってつけの人物がいるんだ。その人物に隣国の貴族籍を買わせて、娘として登録させればいい。それからヴィクトリアの助手にすればいいんじゃいかな。上手く逃げられると思っているようだけど、とりあえず慰謝料として身ぐるみくらい剥いでおかなきゃね」
程なく、紋章の入っていない馬車で王都を出ようとしていた元ノバク男爵は、城壁の門で拘束されたと連絡が入った。
そしてもう一つ、ドラーク侯爵家に潜ませている配下から齎された情報に、オスカーが声をあげた。
「おやおや、ドラーク侯爵は妹のおイタが我慢できなかったようだね」
そう言って独り言のように呟いた。
「二人を見張っておくように。くれぐれも楽な道を選ばせるな」
レオノーラは反射的にフードを跳ね上げるとその場で深く腰を落としたカーテシーを執った。こちらから声を掛ける事はもちろん、顔を上げる事も許されない。
「私はね、ウェーバー公爵家を貶めた者たちよりも、ヴィクトリアの心を最も深く傷つけ貶めた元妻が誰よりも許せないんだよ」
オスカーが独り言のように呟く言葉を、レオノーラは姿勢を保ち、頭を下げたまま聞いていた。
「しばらく見ない間に立派な淑女になった。侯爵夫人の教育の賜物だな」
その様子を見ていたオスカーは、立ち上がってレオノーラの前に立った。
「久しぶりだね、レオノーラ」
レオノーラは、そう言って差し出されたオスカーの手を取り立ち上がった。
「数年来のウェーバー公爵家に対する、我がドラーク家の数々の無礼に対し、心よりお詫びを申し上げます」
頭を下げてそう述べたレオノーラを、目を細めて見ていたオスカーは穏やかに語りかけた。
「謝罪は受け取った。それよりも、君はヴィクトリアの著書を近隣国の翻訳版も含めて全て購入していると聞いているよ。最初は名を明かしていなかったのに分かっていたのかな?」
「はい! 幼い頃にヴィクトリア様に聞かせて頂いた古代の物語は全て私の心に刻まれています。初めて本を目にした時から、ヴィクトリア様の作品だと確信していました」
そう言うと、ふと視線を落として呟いた。
「八歳になったばかりの私は、古代文字を少し読めるようになったことをヴィクトリア様にお伝え出来るのを楽しみにしていたのです。将来はヴィクトリア様にご教授を頂いて、古代文学の世界に飛びこむことを夢見ていました。しかし、叔母が戻って来たあの日、私の夢と希望は打ち砕かれてしまいました」
その様子をじっと見ていたオスカーは、レオノーラに問いかけた。
「ドラーク侯爵を告発する意思があるとヴィクトリアから聞いているが、お母上と兄君も共に、罪人の家族となって国を追われることも覚悟の上、ということだな?」
レオノーラは、オスカーの目をしっかり見つめて言いきった。
「近隣国の王女殿下に冤罪を掛けようなど、二人の計画を知った時から、この国に留まれるとは思っていませんでした。ただ、叔母が戻る前に嫁いだ姉はこの事を知りません。姉と嫁ぎ先、それから母の実家についてはお目こぼし頂くように嘆願書を用意していますので、どうか受理して頂けませんでしょうか」
その言葉に、オスカーは笑みを浮かべてレオノーラに告げた。
「分かった。では、侯爵夫人とランベルトが到着してから改めて話をしよう」
◆◆◆
エリアス王子とキャロライン殿下と共に王宮に到着すると、用意されていた部屋へ案内された。
そこには、中央に置かれた寝台に座るレオノーラと、医師と看護師たちが揃っている。
側に立っていたオスカーが説明を始めた。
「ドラーク侯爵夫妻と兄のランベルトが到着したらこの部屋へ案内される。レオノーラは予断を許さない状態の設定だ。医療スタッフには緊急時の対応を頼む。くれぐれもこの事は口外無用だ」
そう言うと私たちに顔を向けた。
「しばらく緊迫した様子を見せた後、ドラーク侯爵だけを尋問室に誘導する。その後、侯爵夫人とランベルトと共に作戦会議だ」
ミリアの連行を終えたダニエルも合流し、全て準備を整えた私たちは隣室で待機していた。
ドラーク侯爵夫妻とランベルトが部屋に案内され、レオノーラへ懸命の治療が施されている。
悲痛な面持ちで祈るようにレオノーラを見つめている侯爵夫人とランベルトの後ろで、ドラーク侯爵は呆然とその様子を眺めていた。
暫くして、ドラーク侯爵だけが部屋から出され、尋問室へと連れ出された。
それと入れ替わるように私とダニエルが部屋に入り、真っ青な顔で立ち尽くす侯爵夫人にそっと声を掛けた。
「レオノーラは大丈夫ですよ、ほら」
そう言って手を取り、医師と看護師たちが離れた寝台の側へ一緒に近づいた。
すると、母の顔を確認したレオノーラが飛び起きて抱き着き、声を上げて泣き出した。
「心配をかけてごめんなさい! でもこれで叔母と父から解放されるわ!」
そう言ったレオノーラの背を、涙ぐんだランベルトが擦っている。
部屋に入って来た父のオスカーとエリアス王子とキャロライン殿下の姿を見て、侯爵夫人とランベルトが深く腰を折って頭を下げた。
「私とキャロラインは立会人だ。全てウェーバー公爵に任せている」
エリアス王子がそう言ってオスカーに目を向けた。
「レオノーラから謝罪を受け取ったからね。夫人もランベルトも顔を上げてくれ。これからの事を急いで話し合わなければいけないんだ」
そう言って側の机に座り、ウェーバー公爵の刻印の入った羊皮紙を広げると、三人に顔を向けた。
「レオノーラから二人の覚悟は聞いているが、もう一度確認する。ドラーク侯爵と元妻を、他国の王女に冤罪を掛けようとした罪で告発すれば、連座で地位を失い国外追放は免れない。それでも告発を進めるかい?」
それにはランベルトがはっきりと答えた。
「はい、既に三人で話し合って決めています。どうぞ進めてください。それから、こちらは姉と姉の嫁ぎ先、それから母の実家は今回の事は無関係であることを記載した嘆願書です。もう一つ、こちらは、レオノーラと私の日記帳です。祖父と父と叔母のやり取りを、出来るだけ詳細に記載しています。レオノーラから、学園で自分に何かあったら、これを持って王宮へ行くようにと言われていました」
オスカーは、ランベルトとレオノーラから告発内容を聞き取りながら羊皮紙に記載していった。
「こうして纏めると、ドラーク侯爵はあの娘がキャロライン殿下に冤罪を掛ける事を知らなかった可能性があるな。それについてはどう思う?」
「恐らく叔母の嘘を鵜呑みにしたと言う所でしょう。それこそが父の最大の罪です。侯爵位である以上、誰かの話を鵜呑みにして、知りませんでしたなどという言い訳が通るはずがありません。私欲に駆られて調査を怠るなど、侯爵位に在る人物としてあるまじき行為です。爵位剥奪について酌量の余地はありません」
言い切ったランベルトに、オスカーは口角を上げた。
「合格だ」
完成した告発書を議会に回し、即時承認を求める様に侍従を送り出した。
そしてもう一枚羊皮紙を取り出し、ランベルトに向き合った。
「君は成人しているからドラーク侯爵の承認はいらないな。隣国のメイザー伯爵家の養子にしようと思うがどうだ? 爵位は継げないが、君なら実力で道を開けると思うよ。そうすれば、国境にお母上を迎えに行くこともできるしね」
その言葉に、ランベルトが膝を付き、感極まった様子で忠誠の姿勢を執った。
嗚咽を堪えて声にならないようだ。
「君たち母兄妹が、元妻が触れ回ったヴィクトリアの悪評を何とか打ち消そうとしていたことは知っていたんだ。その恩返しだと思ってくれ」
私は、ハンカチで目を抑えている侯爵夫人の背に手を当て「ありがとうございます」と小さく呟いた。
それよりも、私はレオノーラの日記を見て息を呑んだ。八歳頃から綴られた日記は、全て古代文字で書かれているのだ。最初は拙い文章だったが、ここ二年ほどは私から見てもほぼ完ぺきなのだ。
それからレオノーラの処遇について話し合おうとした時、レオノーラが思い切った様子で言った。
「私をこのまま亡くなった事にして頂けませんか。助かった所で平民となって国外追放なのです。それに、私が亡くなったことにより叔母と父と、あの男爵令嬢の罪が重くなるなら本望です」
「それだとあなたの貴族籍がなくなってしまうわ。私、レオノーラを後継者に育てたいと思っているのよ」
そう言って、レオノーラの日記帳を掲げた。
すると、オスカーが何かを思いついたように、ぱっと顔を輝かせた。
「貴族籍ならなんとかなりそうだ。隣国に逃げようとしているうってつけの人物がいるんだ。その人物に隣国の貴族籍を買わせて、娘として登録させればいい。それからヴィクトリアの助手にすればいいんじゃいかな。上手く逃げられると思っているようだけど、とりあえず慰謝料として身ぐるみくらい剥いでおかなきゃね」
程なく、紋章の入っていない馬車で王都を出ようとしていた元ノバク男爵は、城壁の門で拘束されたと連絡が入った。
そしてもう一つ、ドラーク侯爵家に潜ませている配下から齎された情報に、オスカーが声をあげた。
「おやおや、ドラーク侯爵は妹のおイタが我慢できなかったようだね」
そう言って独り言のように呟いた。
「二人を見張っておくように。くれぐれも楽な道を選ばせるな」



