【完結】 【野暮令嬢】と侮った皆様、覚悟はよろしいかしら?

「いくら世間が持て囃しても、わしはヤツ(ヘンリク)を許さんぞ」

王宮の話し合いから間もなく三か月。
元国王と元王子の処刑という重苦しい空気を払拭するように、その後すぐに「愛の三部作」が華々しく発売された。
発売直後に、摂政の第一王子アルブレヒトの妃であるフィリッパが、本のファンだと公表したことにより、私は今、彼女の主催する王宮の茶会を中心に、様々なサロンでの朗読会や講演会に引っ張りだこなのだ。

バルテス前公爵のギルバートは、そんな私の護衛を買って出てくれている。
今日は昼食会を兼ねたサロンに招かれ、その帰りの馬車の中でヘンリクが明日帰宅すると伝えると、ギルバートは腕を組んで憮然と言い放ったのだ。

私はその様子に思わず笑顔を向けた。

「ギルおじさま、お気遣いとっても嬉しいわ。でも、ヴィッセル侯爵は、不誠実だったかもしれませんが、悪い人物ではないのですよ? それに、ハンナさんが白い結婚だと「親友」たちに広めてくれたおかげで、再婚の障害が一つ減った訳ですし」

ころころと笑う私に、ギルバートは腕を組んだまま渋面を崩さない。

「ヴィーに不誠実だった時点で、わしとオスカーにとってヤツ(ヘンリク)は敵なのだ」

その言葉を受け、私は笑顔を消してギルバートに向き合った。

「確かに、いくら世間で真実の愛と話題になっても、社交界ではその不誠実さを問題視する方はいらっしゃるでしょう。その厳しい目が彼らの罰であり、二人がこれから先、誠実に向き合って力を合わせて乗り越えていくことが贖罪だと思いますよ」

ギルバートは依然として渋面だ。

「それに、頑張って幸せになってもらわなければ、二人を祝福して身を引いた私の見る目がなかったということになってしまうでしょう? 【愛の伝道師】の立つ瀬がありませんわ」

そう言って、大げさにため息を吐いた。


そう、この状況は本気でため息ものなのだ。誰が言い出したのか、私は今【愛の伝道師】だなんて呼ばれている。

恋愛などしたこともない私が呼ばれていい名前ではないと思う。
相談などを受けた時、古代文学の中から同じようなシチュエーションを脳内検索して答えていたのが原因らしい。

決して私の経験ではない。過去の誰かの経験かもしれない物語を引っ張り出してきているだけなのだ。
そう言って困惑する私に、チーム「沼」の侍女たちは目をキラキラさせて言う。

「これこそ正に【伝道師】たる所以です! 膨大な数の愛の物語を熟知する奥様だからこそ為せる業なのです!」

そう言う彼女たちに背中を押され、日々サロンや茶会で、古代文学の愛の物語を熱く語っている。呼び名はさておき、話し出したら止まらない私は、思う存分熱弁を振るえる場を得た今、とても楽しく充実した毎日を送っているのだ。

明日、いよいよヘンリクとハンナが王都に戻って来る。この所、毎日手紙のやり取りをし、こちらの状況も伝えて、何とか離婚には応じて貰えたが、小さな家を買って移り住むということだけは頑として受け入れてもらえなかった。

王都に戻ったら、慰謝料として相応しい家を用意するから、それまでは絶対にヴィッセル邸を出ないようにと言われ、その言いつけは使用人たちにも徹底されている。
その事は父オスカーにも伝えられていて、お目付け役としてヴィッセル邸に滞在しているのだ。そしてオスカーが進んでここに滞在している理由がもう一つある。

真実の愛を貫く二人を祝福し、身を引くと周知された私に縁談が殺到しているのだ。
オスカーは、毎日山のようにヴィッセル邸に届く婚約申し込みの手紙を全て送り返し、花束と共に婚約申し込みにやって来る人物には、直々に対応して笑顔で撃退している。

元王子の処刑を自ら行い、元国王に凄惨な罰を課した、ロシュフォール伯爵こと、次期ウェーバー公爵オスカーは、その穏やで柔和な笑顔に隠した苛烈さを、強烈な印象と共に王都中の人々の脳裏に植え付けた。

「いくら再婚だとはいえ、父親の目を盗んで娘に近づこうとする無礼な人物を、私が認めるとでも?」

笑顔でそう言われた人物は、例外なく顔色を悪くして失礼を詫びながら帰って行く。

『私、再婚できるのかしら……』

その姿を目にする度、魂の声が思わず漏れてしまう。




邸に戻ると、オスカーと共にエリアス王子とキャロライン殿下、そしてダニエルに出迎えられた。
今日は、古代文学の魅力に嵌ったキャロライン殿下が、ヴィッセル侯爵邸で午後の休憩時間に行われる古代文学のサロンに参加する予定なのだ。
ヴィッセル侯爵邸のサロンは、元々使用人たちのために行われていたのだが、ここに来てからほぼ毎日行っているため、より深く掘り下げた内容になっており、サロンというより講義に近い。最近では噂を聞きつけた古代文学を学ぶ学生なども参加するようになっていて、そこに参加したいとかねてからお願いされていたのだった。

楽しみだと可愛らしくはしゃぐキャロライン殿下を見つめるエリアス王子の眼差しがとても優しい。

『私にもいつか、こんな風に見つめ合える人が現れるかしら』

その微笑ましい光景に、思わず魂の声が漏れてしまった。


サロンの準備のために部屋に入り、資料をあれこれ持ち出して運んでいると、ダニエルに持っていた資料をひょいと攫われた。侍女たちが持つ本なども全て纏めて運んでくれたのだ。

講義中も『次はこの巻物を広げて……』などと魂の声が漏れると即座に対応してくれるし、先回りして実にスマートに動いてくれるのでとてもやりやすい。さすが王子の側近だ。手際の良さと気の利く対応に感動さえ覚えてしまった。

サロンが終り、片づけの際も、資料や本を纏めて軽々と持って前を歩いている。
その背中を見て、ふと、学園に通っていた短い期間に、幾度となくさり気なく庇う様に前に立ってくれたことを思い出した。広い背中を見てほっとした事を覚えている。

部屋に戻り、本棚の一番上の棚に本や資料をしまう時も、踏み台も使わず普通に作業していて感心した。
そう言えば、学園の図書室で高い所の本を取ってもらったこともあったっけ。あの時は、手が届かずに困っている私を周囲の人はくすくす嗤うばかりで、お願いしようにも顔を向けるとあからさまに目を逸らされて誰も手を貸してはくれなかった。そこへ通りかかったついでの様に取って渡してくれたのだ。

あの頃は、嘲笑や聞こえるように囁かれる悪口に加え、自分の姿を人に見られるのも嫌で、心を閉ざし、ひたすら感情を無にして過ごしていた。
こうして思い出してみると、他にも私が気づこうとしなかっただけで、きっと彼に限らず、感謝すべき人やできごとが色々とあったのだろう。
それにしても、思い出す限り、父と使用人以外の男性にこんな風に手を貸してもらったのは、後にも先にもダニエルだけだ。

そんな事を考えながらダニエルを見つめていると、振り返った彼と目が合った。お礼を言おうと微笑んだ瞬間、ダニエルの顔がぶわりと一気に耳まで真っ赤になった。
思わず目が釘付けになってしまった私から顔を隠すように、彼は急いで背中を向けて片づけ作業に戻ってしまった。

そろりと侍女たちを振り返ると、片づけを手伝ってくれていたキャロライン殿下と共にみんな手を前に組んで、キラキラした瞳で私を見つめている。
彼女たちの表情を見て、私も顔が火照るのを感じた。

『これからどんな顔をして会えばいいの……』

私は視線を戻し、まだ耳が赤いまま作業しているダニエルの背中を見ながら魂の声を漏らした。

部屋から出て以来、顔を赤くしてギクシャクした態度の私とダニエルを交互に見比べ、父のオスカーとギルバートを筆頭にみんなが生暖かい視線を送って来るし、侍女たちとキャロライン殿下はずっとキラキラした目で私たちを代わるがわる見ている。

もう、なんだかどっちを向いても何をしても恥ずかしい!

そんなこんなで、一行を見送るために出た玄関先で、近づいて来たダニエルに小さく声を掛けられた。

「先ずは、お友達から……」

その言葉に、一気に肩の力が抜けた私は、飛び切りの笑顔で答えた。

「ええ、お友達から。その先は?」

私の問いに、顔を上げたダニエルは私を見つめた後、父のオスカーに向かって礼を執った。

「明日、改めてご挨拶に参ります!」

「先ずは、お友達から、だからね」

そう言った父の言葉に、一礼して、ダニエルは馬車に乗り込んだ。